03
何度彼女からの攻撃を避けただろうか。
そんなことを考えている間にも向けられる拳を隆治は受け流す。
何か考えがあるのか、あるいは彼のことを試しているのか、ゲキカラは自由の利く側の腕のみで彼を追い込んでいく。
「っ!何だ、この馬鹿力!」
「ふふっ、やっと当たったぁ。痛い?あはははははっ!」
立て続けの攻撃に受け流しが間に合わなくなるなり、彼女の拳を腕で直接受け止める。
その衝撃で痺れる腕に表情を歪ませると、その反応を見て嬉々としたゲキカラは今まで使うことの無かった傘を振り抜いた。
「ちょっ、それは危なすぎ!」
「あははっ、あははははっ!」
1度傘による攻撃でタガが外れたように、今度は傘の先端で隆治を狙う。
重症になり得るその行動に、回避行動に全神経を注いでいた隆治は意を決したように深呼吸する。
雰囲気が変わった相手を見て何かを感じ取ったのか、ゲキカラは爪を噛むと一時的に傘で突く手を止めて挑発的な笑みを隆治へと向ける。
「さすがにやり過ぎだから……ごめん」
隆治は謝罪を告げてから地面を蹴ると一気にゲキカラとの距離を詰める。
直線的な動きにゲキカラは真っ直ぐに傘を突き出すが、その先端は彼の脇腹のすぐ側を掠めて外れる。
距離がほぼ無くなり密接することになった隆治は彼女の鳩尾の辺りにそっと掌を重ねた。
“寸勁”
隆治が得意とする全体重を込めた一撃を送り込むと、彼女の身体から力が抜けたことを感じ取る。
「ここなら多分、横になってても大丈夫かな」
問題が無いか周囲を見渡し、自らに寄りかかるようにぐったりとしている彼女をなんとか横にしようとした時であった。
「ふふ」
彼女を抱きかかえるような形で身体を預かっていたために、耳元付近で途絶えていたはずの笑い声が聞こえる。
確かに正確な一撃を加えたはずだが、間違い無く彼女の意識は戻っていた。
そんな危険な相手との好ましくない距離をなんとかしようと隆治はすぐに突き飛ばそうとするが、それよりも早くゲキカラは彼の首へと噛み付いた。
「痛い痛い!噛みつきなんて正気か!?場所によっては……」
「ふふふふっ。あははっ、あははははははははっ!」
なんとか突き飛ばすことにより彼女は後方に尻餅をつくが、やがてふらふらと立ち上がり相変わらず爪を噛みながら笑みを浮かべる。
笑みを見せる際に見える歯には首に噛み付いた際についたであろう血が付着していた。
もはや喧嘩という域を超越している破壊行動に隆治は叱責しようとするが、彼女の耳に届かないことを察して口を閉ざす。
きっとどちらかが大怪我をしなければ終わらないと覚悟をしたその直後、騒ぎを聞きつけた警察の1人が裏路地へとやって来た。
「そこのキミ!何をしてるんだ!その怪我……まさかお前は少年院の!」
「あはははっ、バレちゃった。あはははははははっ!」
隆治の首に付いている傷跡と、彼と対峙する形を取っていた少女に気付いた警察が呼びかけると、ゲキカラは再び興奮した様子で笑い声を上げ傘を手に取る。
自分は辛うじて避けられたが警察の人は怪我をしないだろうか。
視線の先で起こりかけている事態に隆治は頭を悩ませるが、先程自らの一撃が彼女にしっかりと入ったことを思い返した。
「ストップ。もう、落ち着いて」
一か八か、隆治はゲキカラへと呼びかける。
意識を取り戻してから止むことが無かった彼女の笑い声であったが、彼からの一言を聞きゲキカラの笑い声はぴたりと止む。
落ち着きを取り戻すと、彼女は振り返って隆治をまじまじと見つめた。
「その、お兄さんの指示に従って……頼むから。また万全の時に受け止めてあげるからさ」
僅かなことでスイッチが入ってしまうことを痛感していた隆治はなんとか伝わるように、彼もまたゲキカラとの視線を交えながら言葉を紡ぐ。
警察についてくるよう促されたゲキカラは大人しくその後ろをついて行っていたが、何か思うことがあったのかくるりと振り返った。
「キミ、可愛いね。お名前は?」
「橘隆治。この前一緒の学校に転校してきたから、逃げないよ」
怒涛の攻めを行っていた際の狂気の含まれた笑みではなく、比較柔らかな笑みを浮かべながら彼女が尋ねる。
女子校に男が入る事態について補足の説明を一切していないものの、彼女は納得した様子でそれを受け入れた。
「ふふっ、そうなんだ。またね、りゅーくん」
楽しげに告げる彼女は警察の後を追う形で路地裏から立ち去る。
1人残された隆治はいまだ痛む首をハンカチで押さえると、ひどく疲れた様子で深く息を吐き、その場へと腰を下ろした。