隆治と玲奈、敦子とサドが矢場久根により仕掛けられた抗争を解決した翌日。
校内のいたるところでその出来事は噂となっており、クラスが違う生徒も敦子を一目見ようと訪れることが増える。
そんな周囲が騒いでいる中でも七輪を囲む彼女らは、周囲の雰囲気に流されることなくいつも通りの空気感で時間を過ごしていた。
「前田、いよいよサドとやるのか」
騒ぎ立てるようなことはしないものの、やはり気になるのかホルモンの準備が整ってからヲタが最初に口にしたのは敦子のことであった。
その表情がどこか妙に真剣であったためか、バンジーは思わず鼻で笑う。
それが心外だったヲタは眉間に皺を寄せながらバンジーに目を向けるが、他のメンバーもその真意が気になり彼女へと目を向けた。
「ま、最初からこうなるとオレは思ってたけどな」
「最初噛みついてたじゃねぇかよ」
得意げに語るバンジーの言葉に今度はヲタが笑いながら指摘をすると、チームは和気藹々として談笑が始まる。
ホルモンがちょうど焼き上がった頃、鉄板の上で全員の視線を集めていたそれは上から伸びてきた箸によって横取りされた。
誰一人として接近に気付いておらず、彼女らは乱入してきた箸の持ち主を確認する。
「こんなもんばっか食べてたら太りますよ?」
「うわっ、いつの間にいたんだよ」
まじまじとホルモンを眺めてから苦言を呈したネズミは、それを口に運ぶことはせずに再び鉄板へと戻す。
そんな彼女に良い感情を持ち合わせていないのか、ウナギが思わず心境を口にするとヲタらは距離を取って相手の出方を窺った。
「まぁまぁ。前田とサドのビッグマッチも気なりますけど、他に気になること、ないっすか?」
「なんかあるか?」
敵視されることには慣れているのか気に留めることなく、ネズミは早速自身がこの場に訪れた理由について問いかける。
しかしながらチームホルモンの誰一人心当たりが無いのかひそひそと言葉を交わすものの、答えがまとまることは無かった。
やがてここのまま答えが出ることは無いと判断したネズミは大きな溜め息を吐く。
「橘隆治。最近姿見ない気がしません?」
「それはなんか、ゲキカラとあったからだろ」
改めてチームホルモンのメンバーを視野に捉えてから、自身が出した問いかけに対する答えを口にする。
とある時期を機に一緒にいる場所を見ることはなくなったが、彼女らと隆治に浅くない交友関係があることをネズミは把握していた。
しかしそんな予想とは裏腹に彼女らの反応は薄く、アキチャによってさらりと言葉を返される。
「おかしくないですか?ゲキカラと対峙して無事なことって」
諦めまいとネズミが言葉を続けると、忘れていた事実に彼女らははっとする。
すっかりと時間が経過してしまったが、敦子がシブヤと対峙するよりも先に隆治がゲキカラと遭遇していたことを思い出した。
「アルカナ?」
「その通り。彼にはアルカナという人を意のままに操れる能力を持っている。でないと、説明つかなくないっすか?」
普段言葉を発するタイミングを逃していたムクチであったが、全員が次の言葉を悩んでいるタイミングであったために彼女の発言が沈黙を破る。
ようやく話したかった話題に行き着きネズミはにこりと笑うと、ホルモンのメンバーに歩み寄ろうとした。
しかし告げた内容が信憑性に欠けているのか全員から疑惑の視線を集めると、距離を保つためにぴたりと足を止める。
「アルカナにはいくつか種類があるとか。前田やラッパッパのサド、シブヤのようにアルカナから常時恩恵を受けている“幻想役割(アルカナロール)”」
「前田が強いのはそれが理由だってか?前田はなぁ……!」
うろうろと教室内を歩きながら、ネズミは具体的な説明を行っていく。
敦子の名前が挙げられるや否やヲタは淡々と解説をしていた相手に噛みつこうとするが、ネズミが人差し指を自身の口元にあてて静かにするようジェスチャーを見せるとおとなしくその指示に従った。
疑念はあるものの彼女らがこの話題へと食いついており、信用するのも時間の問題であるとネズミは考える。
「次に“幻想異能(アルカナギフト)”。自身の中でスイッチを入れることで常人を超越した恩恵を受けれるようになるとか。見たことあるハズですけどねぇ、ブラックやトリゴヤのあの能力。あんなの人間じゃなくないっすか?」
次の説明を口にしても、今度はチームホルモンから反論が挙がらない。
問いかけに対しても無言であることからそれを肯定であると捉えると、彼女は機嫌良さそうに口角を上げて話を続けていった。
「そして橘隆治の持つ“幻想支配(アルカナジャック)”。これはアルカナから恩恵を受けるのではなく、アルカナを支配して自身が都合のいいように使える能力っす」
「それで、橘はこの学園をどうしようとしてるってんだ」
心当たりのある前例を用いられたためか、ネズミからの全ての解説を聞き終えた後にヲタは思わず尋ねる。
隆治が持つと言われた能力についても当初は全く信じるに値しない情報と思われたが、意図的に四肢への痺れを生じされることができるといった彼の過去の発言からも疑っていた主張を信じはじめていた。
「崩壊っす」
ヲタからの問いへと、ネズミは満面の笑みで端的に答える。
機嫌の良さそうな彼女とは対照的に、チームホルモン内ではどよめきが起こっていた。
「だっておかしくないっすか?急に女子校に男が入ってくるって。それに一緒に転校してきた前田は嫌々ラッパッパを潰していってる。ひょっとして前田は……」
「橘に良いように使われてる?」
ネズミの紡いできた最後の一言を引き継ぐように、アキチャがぽつりと告げる。
彼女らの表情は話を始める前と比較すると、明らかに暗くなっているのが見て取れた。
そんな中チームの一員が口にしたことについて、誰も否定しない。
今は半信半疑といったところであるが、その情報を信用するまでもうすぐといった様子であった。
そんな中、誰かが教室に入ってくる足音が彼女らの耳に届く。
「雑っすねぇ話の組み立て方も、能力に詳し過ぎる粗も」
視線の先に現れたのはネズミであった。
意気揚々と先程まで話を続けていたネズミを嘲笑して告げると、視線を集めながら教室を進んでいく。
チームホルモン全員が目の前の光景に混乱し、2人のネズミを見比べていた。
「ネズミ!?だってここに……」
「そいつが詳しく話してくれたみたいに、人の姿をパクる能力を使って印象操作を働く悪党がいたらどうっすか?」
取り乱すウナギの言葉を遮り、ネズミは自らと同じ姿の相手が居ることを無視するように戸惑っている彼女らへと問いかける。
今しがた現れた相手が偽物であると訴えることもせず、先に姿を見せていたネズミはただ微笑みを浮かべていた。
「今度は間に合いました。今とおんなじやり方で矢場久根をけしかけて戦争させようとしたんですから。もっとも、その狙いは前田さんと橘くんに防がれたわけですが」
「お前橘くんって」
ようやく自身の偽物を視野に入れると、先日の借りを返すことができたこたが喜ばしいのか得意気に笑ってみせる。
次第に立場が悪くなっていくにも関わらず、偽物のネズミは取り乱すことなく本物の主張へと耳を傾けていた。
そのネズミの主張に違和感を覚えたのか、アキチャは会話へと割って入り気になった部分を指摘する。
「ああ。あっし、橘くんの能力受けてるので。本人に聞いてもらうと分かるかと。ちなみに橘くんの能力は人に好意を持たせるだけ、意のままに操るなんて初耳っす」
いつもの胡散臭さが薄れており、その代わりにやたらと素直になっているネズミが不自然に感じるものの、それ以上に不審な人物と認定した相手から彼女たちは距離を取る。
その表情から不安は見て取れず、若干の怒りが表れていた。
「というか、みなさん橘くんとやり合った仲ですよね。マジ女潰すのが目的として、橘くんにそんな小細工必要っすか?」
この発言が最後の一押しとなり、チームホルモン全員の隆治に対する認識は一致する。
未だに本物のネズミが姿を現してから一言も発していない偽物のネズミは、観念したように息を吐いた。
「で、お前は誰なんだよ」
「本名は藤宮光って名前らしいっす。女の姿を借りて潜入する変態、であってます?」
ヲタが強く問い詰めると、その人物に代わりネズミが相手について説明をする。
その解説に我慢がならなくなったのか、とうとうその人物はネズミの声ではなく本来の少年らしさのある笑い声をあげた。
「失礼だなぁ。女子校なんだから女の子になるしかないでしょ。それに女の子じゃなくて、“可愛い”女の子の姿を借りる変態って言って欲しいなぁ」
ネズミの姿はそのままに、もはや隠そうともせずに自身についての情報を肯定する。
ヲタたちも相手が偽物であることは認識していたが、実際の話した声を聞くと驚きを隠せない様子であった。
「さしずめ橘くんを孤立させるつもりだったんでしょうけど、そうはいかないっす。まぁ、あっしらから邪険に扱われたところで彼には全く響いてくれないんでしょうけど」
結局自分たちが味方となっても、敵となっても、きっと彼の立ち位置は変わらない。
ネズミの脳内には彼の意中の人物であろう相手が自然と思い浮かんでいた。
そんなこともあり相手の目的を看破しながらも、どこか自虐的にネズミは言葉を紡ぐ。
「やっぱり敵にしとくには面倒な相手だね、渡辺麻友。また今度ゆっくり話そうね」
「こいつ2階から!」
これ以上は拳を交える可能性があると判断し、光はネズミに向けて言い残すと開いていた窓から身を投げ出す。
2階とはいえそれなりの高さから飛び降りるのを見たヲタが声をあげるとチームホルモンの全員が窓へと駆け寄って下を見下ろした。
「……居ない」
「全く、ほんとに逃げ足だけは速いっすねぇ」
あっと言う間に姿を消した相手にバンジーは下を見渡しながら呟く。
そんな彼女らにネズミはゆっくりと近づき、下を一瞥してからにやりと笑う。
痛み分けとなった前回の会話とは異なり、今回自身が優勢のまま相手が立ち去ったことに優越感を感じていた。
「同族嫌悪か?」
その様子を見ていたヲタは素朴な疑問を口にする。
ネズミはそれに応えることなく笑みを相手に見せると、この場に留まる意味も無くなったと判断したのかそのまま教室を後にした。









