とある学園内の一室。
そこでは緊迫した空気の中、極秘裏に会合が行われていた。
矢場久根女子商業高校、通称“ヤバ女”。
目的のためには手段を選ばないことを校風としており、馬路須加女学園のライバルとして存在していた。
矢場久根の総長が威圧的に目の前の椅子へと座り、歓迎されない雰囲気で他校の生徒に取り囲まれてもなお、その場を訪れていたネズミは余裕を崩さなかった。
「前田、取っちゃいましょう」
総長からの鋭い視線を受けながら、ネズミは不敵な笑みを浮かべて話題を切り出す。
多人数で1人の相手をすることに躊躇しないこの学校ならば、いずれ障害となりうる敦子を追い詰める役に立つであろうと踏んでいた。
突然の提案を受けてどこか不満そうな総長の反応をよそに、ネズミは相手に1枚の写真を差し出す。
「四天王なき今、前田が消えればマジ女はマジで総長のもんっすから」
調子良さそうに告げるネズミが気に入らないのか、総長の側近は差し出された前田の写真をひったくるように受け取る。
ピンセットを用いて総長はそれを摘み写真に目を落としていたが、やがて映る彼女を獲物と認識して口角を上げた。
このようなやり取りが何度も行われていたのか、次のすべきことを理解しているもう1人の側近は慣れた手付きでマッチへと火を着ける。
「前田敦子。お前ら、用意しろ」
「あ、忘れてました。あとこいつ」
火の中で小さくなっていく写真に昂った総長は座っていた椅子から立ち上がり、集まっているメンバーを高揚させようと呼びかける。
発破をかける前に再びネズミが会話へと割って入ると、もう1枚の写真を相手に向かって差し出した。
勢いにのり機嫌が良かったものの、水を差されたことが気に障った総長の眉間には皺が寄る。
「男のくせにマジ女に異例の編入、そして肩を持つ女々しい奴っす。結構な実力者らしいっすけど、なんか今誰かとやり合って傷だらけとか」
「お前がそれをこっちに伝えるメリットは何がある」
噂で聞いていたチームホルモン戦、そして山椒姉妹戦。
隆治が集団戦に強いことは承知の上であったが、屋上で行われたタイマンによる重症が大幅な戦力低下を起こしていると判断し、彼女らの攻撃対象へとつけ加える。
さすがに話がうますぎることが気がかりになったのか、総長の疑問を期に疑念の視線がネズミへと集中した。
「メリット、メリット……ああ、その男がボコボコにされるのを見れるのがあっしの最大のメリットってことで」
「相変わらず悪趣味だな。おい、こいつもやっちまうぞ!邪魔になる可能性があるから潰しとけ!」
不敵に笑って告げるネズミの回答が気に入ったのか総長もまたにやりと笑うと、改めて周囲のメンバーへと声を張りあげて命じた。
おおいに盛り上がる室内にネズミは冷笑すると静かに部屋を出る。
「あはははっ!」
感情を抑えながらようやく学校を出たネズミは、我慢していたものを爆発させるように楽しげに笑って駆けていく。
嬉々として走っていく最中で見覚えのある姿を見かけ、足と笑みをぴたりと止めるとその人物に向かって悪戯に笑いかけた。
「本当に悪趣味っすねぇ。人の顔使って何してるんすか」
「これは失礼、まさか聞かれていたとは」
足を止めた相手へと歩み寄るもう1人のネズミは、怒りを通り越して呆れを覚えたのか溜め息を吐いて左右に首を振った。
ネズミ本人も矢場久根へと話に行こうとした最中、自身が既に総長の元へと訪れているという話を耳にする。
そこで室内での会話内容をなんとか収集したネズミは一足早く学校を去ることで、先回りする形で相手が通るのを待ち構えていた。
「しかし本当に顔が広いっすねえ、動きやすくて気に入りました」
現在の姿の持ち主が情報通であることを把握しているため、矢場久根の総長との会話については筒抜けであることを理解した上で話しかけてきた相手を煽ってみせる。
その一言で今回に限らず他の方面に影響を与えていることを暗に伝えられるも、動じることなくネズミはおかしそうに笑った。
「そんなに怖いんすか?橘くんのこと」
「別に怖くないよ。邪魔になっただけ」
偶然か矢場久根との会話内容に触れようとしない相手に向かって、今度はネズミは仕返しとばかりに問いを投げかける。
その問いかけを受けてから先程まで“彼”が浮かべていた楽しそうだった笑みもどこか冷たさを感じさせるものに変化していた。
そこから姿の持ち主に寄せていた口調も本来の光の口調へと戻る。
声では相変わらず会話を楽しんでいるような声色であったが、その目の奥は笑っていなかった。
「それにマジ女が再起不能になったら、邪魔者がいなくなってチャーミーを自分のものにできるんじゃないの?」
「矢場久根を使って前田を潰すのは私も考えていた。百点満点だよ」
能力下である相手の弱みを利用して話題の主導権を掴もうとする光はネズミの馬路須加荒らしを加速させようとするが、隆治の能力を受けてもなおネズミの学園に対する思考がぶれることは無かった。
彼の口調が元に戻ったことに影響を受けたのか、ネズミもまた芝居がかった話し方をやめて相手に向き合う。
「けど橘くんにも向かわせるのは赤点だ。厄介な番犬がいるからな」
「番犬?一応相思相愛って噂を聞いたけど」
それならばと玲奈の話題を出そうとするが、光が触れるよりも先にネズミはそれについて言及する。
しかしその伝えかたから嫉妬が滲み出ていることを察した光は意地悪に笑うと、わざととぼけるような仕草で2人が恋人関係であることを強調して告げた。
「あれは私と違って橘くんの能力を本能で受け入れてるだけだ、犬と何も変わらない!」
あまり触れたくない事実と相手の態度に感情が先走ってしまったのか、反論をするネズミの主張には思わず熱がこもる。
やはり隆治に関することが弱みであることを再認識した光は苛立っているネズミに向けてくすくすと笑みを向けた。
「まあ、私としてはその犬がお前らを食いちぎってくれるなら大歓迎だ。橘くんにビビって直接手を出せない相手なら尚更」
「おお、怖い怖い。あっしの目にはそれも歪んだ愛に見えますけどねぇ」
一呼吸置いて冷静さを取り戻したネズミは強気に笑って口を開く。
ネズミの持つ抗いきれない隆治の能力による影響。
光の持つ隆治との直接対決を避ける劣等感。
お互いの弱みをこれ以上晒すことは好ましくないということが落とし所となったのか、光は誤魔化すようにネズミの口調で言い残すと逃げるようにその場を後にする。
これ以上の口論で優位性を取ることが出来ないと察していたネズミもまた、立ち去った相手を見て密かに安堵するのだった。










