02
授業が始まってからも、隆治は避難するように向かっていた屋上で横になりながら時間を潰していた。
普段から授業を抜け出すことはなかったものの、この日に限ってはゲキカラが乗り込んでくることが想定されたために教室を離れていた。
きっとゲキカラを前にした時に彼女が暴走するのを看過することは出来ないだろう。
そんな確信を持っていた隆治が学ランの決意を聞き自らを制するためにとっていた行動であったが、昼休みを告げるチャイムが鳴るとほぼ同じタイミングで何か嫌な感覚を抱く。
直感に従い急ぎ足で自らの教室へと向かうと、目に飛び込んできたのは今にも決着がつきそうな現場であった。
「前田さん……?そうか、前田さんが喧嘩しているのを初めて見るかもしれない」
ずっと噂は聞いていたものの、初めて直視した敦子の拳を振るう姿は何者かに馬乗りになり拳を振り下ろしている姿であった。
いつもの姿とのギャップに呆然とする隆治であったが、自然な流れで時計の側面を敦子へと向ける。
1度彼女に向けて解析を行っていたが、その際には何のデータも示されることはなかった。
しかしながら敦子が次々と実力者を退けている噂を聞くたびに隆治はデータへと疑念を抱き、その結果無意識ながらも再分析を行うという行動に至った。
「そんな、ずっと近くに居たのに。気配があれば感じ取れたはずなのに」
“候補可能性 98.63% ガイトウ 星”
時計の画面に表情された文字を見て隆治は言葉をこぼす。
彼女が最優先事項であることを再認識すると、やがて意識がはっきりとしてくる。
教室の中を覗き目に入ったのは、争いの中で散乱したであろう机の付近で横たわっている先日の傷が完治していない歌舞伎シスターズの2人であった。
その近くには怪我をしたことが伺える学ランの姿も見られる。
一気に血の気が引く隆治が敦子へと目を向けると、彼女は馬乗りであった姿勢から立ち上がり横たわる人物へと視線を落としていた。
ダークグリーンのスカジャンに白い肌。
その姿を見た隆治は思わず2人の元へと駆け寄った。
「くだらねぇ」
吐き捨てるように言う敦子は倒れているゲキカラに背中を向け踵を返すと、近寄ってきた隆治に気付く。
満身創痍である彼女に言葉をかけようとする隆治であったが、その背後で今まで倒れていたゲキカラがゆらりと立ち上がるのを視界に捉えた。
背後の気配をいち早く察した敦子も向けていた視線を隆治から外し背後へと注意を向ける。
「ふふふっ……あははははははははっ!マジで怒ってる……あはははははははは!」
自身も身体に多くの傷があるにも関わらず、負けを認めていないゲキカラは敦子目掛けて拳を振り上げる。
敦子もその行動に対し反撃しようと身構えるが、2人が交錯するよりも早く咄嗟に飛び出した隆治が対峙する敦子とゲキカラの間に割って入った。
どんな相手であろうとも障害になるならば躊躇なく拳を振り下ろすゲキカラだが、突然飛び出してきた人物の顔を見ると驚いたように目を見張ってから動きを止める。
ゲキカラに生じた隙を見逃さなかった敦子であったが、そこにつけ込むことはせずに取っていた構えを僅かに下げた。
「りゅーくん?ふふ、どうしてその女を庇うの?」
「もう2人とも満身創痍だよ。それにその拳がもし振り下ろされていたのなら、やられるのは……」
見間違えるはずのない相手が自らの行動を止めようとしていることに、ゲキカラは拳を振り上げたままで彼へと問いかける。
小さく笑い声は上げるものの、そのトーンは明らかに先程までのものと比較して下がっていた。
想定通り最悪の再会となったことに加え、そのまま続けていればどうなっていたか結果が見えた隆治が残念そうに告げていた時だった。
ゲキカラの振り上げていた拳は隆治の鳩尾へと向けて突き出される。
「これはあの時のお返し。ふふふふっ」
完全に気を抜いている時に受けた一撃だったため、隆治はその衝撃により瞬時に意識を飛ばす。
いつの日かとは真逆の立場となり、ぐったりとした隆治が寄りかかってくるとゲキカラはそれを受け止めた。
ゲキカラは満足そうに脱力をしている隆治へと告げると、そのまま彼を廊下の床へと横たえた。
「みんなぁ、前田には近づかない方がいいよー!あははっ、あはははははははっ!」
意識を取り戻した歌舞伎シスターズと学ランが敦子の元へと向かうが、ゲキカラは狂気は失わないながらも戦意を喪失したように周囲へと声をかける。
その姿に敦子もまたこれ以上戦う意思は見せず、呆然と相手を眺めていた。
そんな中、不意にゲキカラは隆治の襟首を掴んで引きずりながらその場を後にしようとする。
反射的に敦子は拳を強く握るものの、学ランに肩を叩かれると我に返ったように手の力を抜いた。
「敦子、やめとけ。アイツもきっと何か考えがあって割って入ったんだ」
どこかへと向かっていくゲキカラ達を見つめながら学ランは敦子の肩へと手を置き告げるが、敦子はすぐにその手を振り払う。
意図していなかった相手の行動に学ランは驚き、歌舞伎シスターズの2人も驚いたように顔を見合わせていた。
「来るな……お前らはダチでもなんでもねぇ。ダチなんていらねぇんだ」
誰とも目を合わせることなく、突き放すように告げた敦子はゲキカラ達が向かった側とは逆の方へと足を進めていく。
去っていく彼女へと小歌舞伎は言葉をかけようとするが、学ランに制されたことにより不満そうな表情を見せるがそれに従い口を閉ざした。
「これ、どっちの勝ちなんすかねぇ」
「戦うことを放棄したゲキカラの負けだ。何やら前田よりあの男に因縁があるらしい」
敦子とゲキカラの姿がなくなったあと、遠巻きからその争いを観察していたのかネズミは疑問を口にした。
同じく側で一連の流れを見ていたのかサドがその問いへと答える。
四天王である仲間が敗北したということは認めながらも、サドの表情にはどこか満足している様子が窺えた。
「だが前田はこれで孤立した。その点では勝ちかもな」
「孤立、ねぇ」
吹奏楽部の部室へと戻っていくサドの言葉を繰り返しながら、敦子から突き放された3人に目を向ける。
現在ではようやく姿を現しただるまが言葉を交わしており、これ以上の収穫が無いと判断したネズミは踵を返した。
しかしながら自らの心中に引っかかりを覚えた彼女はゲキカラが消えた先へと視線を移す。
「それにしても、どこへ連れて行ったんだか。ま、別に良いんだけど」
2人の後を追う葛藤に悩まされるものの、その思考を振り払うようにネズミは左右に首を振る。
強気の言葉を口にしている彼女の表情には、嫉妬からか不満が表に出ていた。