第1章 雨音は消えず、彼はせせら笑う
02
「人を殺したことがあるって何? 笑い話?」


 聞いた途端、思わず吹いてしまいそうになった。これは仕方のないことであろう。いきなりそんなことを言われて、本気で言っていると思えるわけがない。


「そう思うでしょ? でもそうじゃないの。三年前にこの学校で事故があったっていうのは知ってる?」


「三年前って私たちが入学するより前じゃん。確か、屋上から落下した生徒がいたとかいうやつ?」


「そう。一応事故ってことになってるらしいけど、本当はその事件って殺人で、その犯人が……」


「はいはい。そういう話はいいから」


 彼女が興奮を抑えきれずに声が大きくなっていくのを感じつつ、飛鳥は席から立ち上がった。


「あれ? 飛鳥ちゃん、どっか行くの?」


「別に」


 嘘だった。本当は明確な目的地を持っている。ただ、それを彼女に知られたくはなかった。彼女とは適当な付き合いだけで済ませたかったからだ。だって私たちは別に友達でも何でもないのだから。


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 階段を登り切ると、その場所へとつながる鉄扉が目に入った。少し錆の付着したその扉はこの場所に立ち入る生徒の少なさを物語っている。飛鳥はそんなことを感じつつ、その鉄扉のドアノブに手を掛けた。

 扉を開けても、陽の光が差し込んでくるなんてことは起こらなかった。飛鳥の目に映るのは一面の曇り空だけである。それだけのことにどことなく満足しつつ、飛鳥は一歩一歩踏み込んでいく。

 この場所は立ち入り禁止になっていた。理由は言わずもがな、三年前の生徒の落下事故である。その生徒はこの場所、屋上に無断で立ち入り、そして死んだ。それ以降というもの、屋上は生徒には立ち入り禁止になった。といっても、飛鳥にとっては入学した時からすでにそうだったが。

 飛鳥がこの場所に入り込むようになったのは半年ほど前のこと。クラスメイトとの無為な時間に耐えられなくなった飛鳥は逃げ場を探していた。自らしか存在せず、孤独を感じることの出来る場所を。

 事故から時が経ったこともあってか、立ち入り禁止の威力はそれほどでもなかった。立札一枚しかないそれは、飛鳥にとって障害でも何でもなかった。

 飛鳥はそれ以降、この地に頻繁に来るようになった。ここは良い。誰にも邪魔されないし、周りの低俗さを忘れることが出来る。

 飛鳥には自分が周りより大人だという意識、いや自覚があった。考えていることも目標も、何もかもが周りより大人だという自覚が。


「君、誰?」


 それは突然だった。

チヒロ ( 2018/08/11(土) 19:12 )