刑事のプライド
警視庁捜査一課室
「私達は本当にもうこの事件に関われないんですか…?助けられなかった人がいるのに、この後ものうのうと犯罪を続けようとしている人間の存在を知りながら…刑事が黙って指くわえて見てろって言うんですか?」
「山、落ち着いて」
「落ち着けって…この状況でですか?」
「警察組織全体で捜査を打ち切ったわけじゃないでしょ?」
「それはそうですけど…」
あともう一歩早く真相にたどりつけていればという後悔、そしてその奥にいる黒幕の存在を確信しながら自らの手で手錠をかけられなかった悔しさから冷静にはいられない美月。
「ちょっと、豊も見てないでなんとか言ってよ…」
飛鳥もたまらずに豊に助けを求める。
「そうだな…山下さん、もう俺達に捜査権はない、それはわかるな?」
「…はい」
「でも、どうしても納得いかないんだろ?刑事として」
「はい」
「なら、俺は好きにすればいいと思う、勿論他の業務に支障をきたすのはご法度だが、納得いくまでとことんどこまでも追い続けたらいいさ」
「ちょっと…!」
予想外の言葉に思わず制止する飛鳥。
「一人でやるのは大変だ、飛鳥もサポートしてやれよ」
「信じらんない…」
明らかに呆れている様子を見せる。
「それだけ気持ちがあれば大丈夫さ、刑事なんてもんは結局最後はハートだよ」
美月は豊の話を聞いてつっかえていたものが取れてなくなったように清々しい気持ちになった。
「はい!頑張ります!飛鳥さんもよろしくお願いします!」
「いや…私は…」
言いかけたところで肩を叩き耳元で
「俺もちゃんと手伝うさ、女狙いの犯人だからな、美女刑事2人だけで捜査させる訳にはいかんさ」
「からかってんでしょ?」
「いいや、俺にとっちゃ2人は大切な仲間だよ」
「そう…てか、こんな耳元じゃなくて山にも言ってあげなよ」
飛鳥の言葉を聞いた瞬間、逃げるように片手を上げてじゃあなという素振りを見せて去っていく。
「2人とも分かりやす…なんか一番損な役回りって感じなんですけど、私」
奥手な2人に挟まれながら、捜査のサポートに回るなんとも言えない立場の飛鳥なのであった。
警視庁組織犯罪対策課捜査本部
「使用拳銃はおそらく、9mm口径のベレッタM92。入手経路は不明ですが日本国内で大量に出回っているとは考えにくく、何かに紛れ込ませて輸入したと考えるのが自然でしょう」
報告をする部下の賀喜。
「そうね…ご苦労様、今日はゆっくり休んでね」
(国内で出回っていないタイプの拳銃…何かに紛れ込ませて輸入するしか…でも、どうやって?)
解決の糸口を掴むため、得たヒントから必死にルートを探ろうとする。
「逃がさないわよ…絶対」
都内某焼肉店
「飛鳥さんが食事に誘ってくれるなんて珍しいですね〜」
好物の赤身肉の希少部位、トウガラシを焼きながらこれまた珍しい飛鳥のお誘いをからかう美月。
「別に、誘いたくはなかったけど今後のこととか話さないといけないでしょ」
後輩を放っておけずこうして席をもうけている時点で優しいのだが、その優しさを指摘されるのは恥ずかしいようで誤魔化そうとする。
「そうですよね〜…基本的に組対課が手にした情報は私達には入ってきませんし、独自捜査になりますもんね」
「非効率的だと思わない?組対課に任せた方が…」
「それは嫌です!」
「はいはい、そう言うのはわかってましたよ〜と、だから帰り際に堀未央奈を誘拐して殺された男の素性をもう一度洗い直してみたの」
「さっすが飛鳥さんですね〜」
美月は早速手を差し伸べようとしてくれたことを喜んでいる。
「佐々木義和 47歳、東京都板橋区板橋在住。仕事はコンビニのアルバイト、既に両親は死別兄弟はなし、もちろん配偶者もなしの一人暮らし」
「まぁ、見た目もそんな感じでしたね」
「これでどうやって黒幕と接点を持ったかというところが謎だと思ってそれについてだけこっそり、鑑識の子に聞いたんだけどね、パソコンはハッキングされてて過去のデータが一切見れなくなってたみたいなの」
「めちゃくちゃ怪しいじゃないですか」
「うん、だから接点を持ったのはまず間違いなくそこを介してということになる…」
「私もそう思います」
「それで深層ウェブとかダークウェブ上での情報を流したか犯罪のアルバイトを募集した…とも考えたんだけど、47歳のコンビニバイトがそんなパソコンの知識があるとも思えない」
「ですね…」
「でも、この男が被害者のアイドルの子のファンだってわかったのは掲示板サイトの過去の書き込みからなのよ…犯したいとか結婚したいとか沢山投稿されてて、元々サイバー課がマークしてた人物らしくてね。つまり、何らかの方法でこの書き込みをしている人物が佐々木であると黒幕が特定し、接触した…と考えられると思わない?」
「確定とは言えませんけど、その可能性は高そうですね…」
「というわけで、おとり作戦はどうかなって」
「なるほど…しかし発信してるのが女だってバレたらそれこそ警戒されません?」
「いいえ、むしろ好都合だと思ってくれるんじゃない? 性奴隷を売ってるような組織なら綺麗なままの方がいいだろうし、レイプ願望を持つ男よりも妬み僻みで痛い目にあわせたいと思ってる女くらいの方が使い勝手がいいって」
「流石…この数時間でそこまで考えてたんですね」
感服して苦笑いを浮かべる。
「フフっ…!先輩だからね」
褒められて嬉しくなっている飛鳥。
「あ…でも…豊にはこのこと言わないで?」
「なんでですか?」
「あいつ心配性なんだもん、こんな作戦言ったら絶対止められるし、でもこれが一番最善だと思うの、これ以上の被害を出さなくて済むと思うからさ、ね?」
「わかりました…それで私は何を?」
「山にお願いしたいのはね…」
詳しい作戦を話す2人は刑事らしく輝きに満ちていた。