ソコ触ったら、櫻坂?












































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♯35
魍魎の贄decadance〜pretty tied up 第一章
第一章 傷のある片耳豚(かたきらうわ)の罠

「いってきます」

涼やかな声が朝の青空に響く。

玄関で見送ってくれた義母親に手を振り、女の子がドアをくぐる。

「……今日もいい天気」

女の子が天をあおぐ。よく動く瞳が愛らしい。制服のミニスカートから、すらりと長い脚が伸びている。長い髪が風に揺れ。絹のように輝いていた。

カバンのネームプレートには"長濱ねる"と、きれいな文字で書かれていた。ひときわ目立つ美貌とスタイルの持ち主である。颯爽とした足取りと利発そうな表情には、清廉さがあった。

静かな住宅地を抜けると、駅前に続く大通りに出る。車通りも少なく、銀杏並木が続いていた。この辺りは店舗が多く、人々が行き交い、慌ただしい。

ちらほらと、ねると同じ制服姿が見えた。彼らの向かう先はひとつだった。少し歩くと、ねるの通う学校が小さく見えてくる。ねるにすれば見慣れた風景だ。

校門をくぐると、同じように登校する生徒達が挨拶を交わす声が聞こえてきた。

「なぁなぁ!昨夜の見た?」

「当たり前じゃないか。聞くまでもないね」

男子生徒二人が興奮気味に語り合っていた。目を輝かせながら、互いのスマホを見せ合っている。

「これ……ぶっちゃけ本物じゃね?」

「俺もそう思うんだよ。背景もライティングもパースもあってるっぽいからさ」

一人はいわゆるドヤ顔だった。自信たっぷりでうんうんと頷いている。

もう一人が急に声をひそめる。

「……っていうか、ここって……事件現場近いだろ?」

「ああ。六人目らしい……」

この辺りでは、続けざまに女子校生が襲われ、行方不明になっていた。

事件に巻き込まれた死傷者も多い。運良く助かったとしても、たいていが口を固く閉ざしてしまう。恐怖で心身に異常をきたすことも珍しくない。そういう事情もあり、未だに犯人が特定できていない。

「マジこえーよな。ま、それはおいといて、これってやっぱり……」

「ああ。だからホントにいるんだよ!魔法戦士はさ。今も平和のために戦ってる!」

熱弁をふるう男の子のスマホ画面が、ちらりとねるの視界に入る。

レオタードに似た露出度の高いコスチューム姿の女の子が写っていた。いさましくも何かを睨みつけている。表情が凛々しい。長い髪に愛くるしい目が特徴的だった。

「……」

ねるは眉ひとつ動かさずに、語り合う二人の脇を通り過ぎていき、昇降口へと向かう。

凛々しい表情は、スマホに写る魔法戦士によく似ていた。

校舎に入り、ぼんやりと窓の向こうを眺める。校庭には桜が並んでいた。青々とした葉の緑が、陽を浴びて輝いて見える。

春になると一斉に咲き出す桜。ほんのりピンク色が愛らしくて、ねるが好きな花だった。

この学校に転校してきた時は、まだ希望に胸を膨らませて校門をくぐった。

その頃ははまだねるにとって大切な人たちが生きていたのだ……。

「……」

朝、にこやかに見送ってくれた義母親は、実際には養母にあたる。数年前、ねるが住んでいた村が妖魔の襲撃にあい、友人の男の子以外のねるの両親を含む村の住人は殺されてしまった。その後村にある女性がやってきて、ねるは友人の男の子とともにこの街にやってきた。女性からある依頼を受け、それを手伝う為であった。

実はねると男の子は人間ではなく妖魔である。ねるの正体は化け狸。当時の彼女は今では考えられないほど天真爛漫な性格をしていた。二人は女性の要望で人に害をなす人外の者を退治する仕事に精を出していくことになる。女性のもとで厳しい指導を受けつつも毎日を楽しく過ごしていた。その頃には同じ人外退治を生業とする人間や妖魔の友達もできた。

だがそんな日々も長くは続かなかった、"魍魎"と呼ばれる妖魔の封印を解こうとするものとの戦いでねるは負傷し、意識を失ってしまった。

その後目覚めたねるの目に入ってきたのは地獄絵図だった。

彼女以外の全ての生物が変わり果てた姿で横たわっていた。亡くなって何日たったのだろうか、原形を留めていないものもいた。

だがそこにはあの男の子の姿を確認することができなかった。ねるは再び気を失ってしまい。目が覚めたときにはとある部屋のベッドの中だった。おそらく病院だろう。

そこへ一人の女性が入ってきた。のちにねるの義母になる女性だった。

「あの……ここは……」

「良かった♪目が覚めたのね♪」

「あの……あなたは……?」

「私の名前は宮崎香蓮。あなたと同じ人外退治を行なってる者よ」

「……なんで私が人外退治をやってること知ってるんですか?」

「そりゃあ真帆さんとは古い付き合いだからね」

「……あなたまさかっ!くぅっ!?」

ねるは急に起き上がり香蓮を掴もうとするが、身体を激痛が襲った!

「あぁっ!!」

「もうダメだよ無理に動いちゃ!でもまあ無理ないか……そう、私は真帆さんのいうところの組織のメンバーだよ。ここも組織の管理化にある病院だから」

実は彼女は人知れず人外と戦っているある組織のメンバーであった。その後少し落ち着いたねるは香蓮から話を聞いた。組織の方でも魍魎の復活が近いことを知り、殲滅作戦に乗り出そうとしていた。

だが魍魎を封印していた山中にその姿はすでになく、どこかへと消えていた。そして近くに倒れていたねるを発見し、保護したらしい。

それを聞いたねるは彼女にたずねた。

「あの……は……男の子をみかけませんでしたか?どこにもいないんです」

香蓮は首を横に振り、

「いたのはあなただけよ。他に生存者は発見できなかったわ……」

「……そうですか……」

「ねえ、あの日一体何があったの?教えてほしいの」

香蓮に聞かれたねるは、

「……思い出せないんです」

「思い出せない?」

「正確には途中まで……私たちの中に裏切り者がいて……そいつは魍魎の魂をもってました。それが突然赤く光出したんです。それ以降の記憶はありません。そして気がついたときには私とさっきたずねた男の子以外はみんな死んでました。その光景を見て私はまた気を失ったんです」

「そこへ私たちがやってきたというわけね。真帆さん……」

「……うっ……ぐすっ……」

ねるは目から涙があふれ出る。

「まずはゆっくり身体を休めなさい……これ以上あなたには無理させたくないけど、我々組織にはあなたが必要なの」

そう言うと香蓮は部屋から出ていった。

ねるは翌朝まで枕を涙で濡らすのであった。











ねるが組織に保護されてから数日後、事態は急展開を迎える。ねるは香蓮に組織の中を案内されていた。

そこへ上層部から香蓮に連絡が入った。すぐにねるを連れて部屋に来いとのことだった。

二人は部屋に入るとそこには、組織のトップクラスの人間たちがいた。

「お呼びでしょうか」

「やあ君がねるさんか、真帆くんのところにいた妖魔の子というのは……」

「……」

ねるは返事もせず睨みつけていた。

「そんな怖い顔をしないでくれ。我々はもう以前のように妖魔を滅ぼそうなどとは考えていない。我々の認識が甘かったのだ」

別の男が口にする。

「……急にそんなこと言われても信用できません」

「我々が思っていたよりもはるかに魍魎の力は強大だったということだ。香蓮君が君を保護した日、我々は魍魎が封印された山を調べていた。そこには我々が想定していたよりもはるかに強力な妖気を確認した。今の我々の科学力では到底魍魎には勝つことはできない」

「では封印に強力してくれるんですか?」

「それはできない。というよりしたくてもできないという方が正しいかな。封印は解かれ、魍魎は姿を消した。我々は必死に奴の行方を追っているが足取りはつかめない」

「そんな……」

その時だった、突然部屋の灯りが消え、真っ暗になってしまった。

「なに!?停電!?」

香蓮が驚く。

「予備電源に切り替えろ」

男の一人が部下に命令するが、

「駄目です!予備電源も動きません!」

「なにぃ……!」

「いったい何が起こったというんだ!」

すると、

『……聞こえるか……人間どもよ……』

いかにも人外らしいドスのきいた低い声が部屋に響き渡る。

その場にいた全員が後ろを振り返る。

と同時に部屋の電気がつき、そこには赤黒い光を放つ物体が現れた。

光が消えるとそこには丸い球のようなものが浮いていた。

『我は魍魎……いや、これからは魔の物を統べる者、魔王と名乗ろうか……我の理想とする世界……それを作るのにお前たちの存在はとても目障りだ……滅びてもらおう』

「なに勝手なこと言ってるの!そんなえらそうなこと言うなら隠れてないで出てきなさいよ!」

「……ねる……」

「!?なんで私の名前……!?」

「……私はお前のことをずっと見ているぞ……」

魔王は再び赤黒い光を放ち、消えた。それからである。今まで以上に妖魔……いや人に害をなす人外……魔物による事件が増えたのは。

「……ねるさん。君に頼みがある。今まで君たち妖魔にしてきたこと、改めて申し訳なく思っている。そこで恥をしのんでお願いだ。我々組織に君の力を貸してくれないか」

「えっ……」

「たった今魔王の方から宣戦布告を受けた。今の組織の力だけでは到底太刀打ちできない。君は人間のことを大切に思ってくれていることを我々は理解した。今度は我々が君の力になる番だ。だから一緒に強力して魔王を倒してくれ。そして人類と妖魔が共存できる世界を作ろう!」

組織の人間たちの目は本気だった。それを見たねるは……、

「……私も魔王のことは許せない……きっとあいつが……魔王がみんなを殺したんだ!私はみんなの敵がとりたい!そしてみんなが平和に暮らせる世界にしたい!」

「じゃあ決まりね……♪」

「香蓮さん……」

「香蓮くん、ねるさんに例の物を……」

男の一人がなにやら香蓮に告げると、

「わかりました。ねるさん、あなたに渡したいものがあるの」

ねるは香蓮から何かを受け取った。

「これは……?」

「妖力を増幅させる魔法の杖みたいなものかな?特に名前とかはきめてないんだけど……」

ねるは身体が熱くなり、妖力が増幅されていくのを感じていた。

「凄い……人間がこんな物を作れるなんて……」

「ねるさん、これから我々と人外の戦いはより激しく、辛いものになるだろう。頑張ってほしい」

「わかりました。必ず魔王を倒して、人と妖魔が共に暮らせる世界を作ります!」












こうしてねるは新たな戦いに身をおくことになった。転校してきたときから何年も経っていないというのに、ねるの状況は様変わりしていた。

「……!?」

ねるが顔を上げる。突然、頭の中に映像が流れ込んでいた。

(……まったく。朝から元気過ぎる)

ねるは溜め息をつくと、慌ただしく廊下を引き返した。その表情はやや切迫していた。歩き方がいよいよダッシュに近くなる。

長い髪をなびかせ、スカートをヒラヒラと揺らしながら走る。

脳内で緊急事態を知らせるアラームが鳴っている。

消え入りそうな小さな声色だったが、確かに頭の中に響いてきていた。助けを求める女の子の声が。

「どこ?」

走りながら、辺りを見回す。わずかに漂う瘴気を察知し、方向を探る。

ねるがやってきたのは広大な公園だった。この辺りの住民が一度は訪れる憩いの場である。木々が生い茂り、中心に小さな噴水がある。

「ブヒィィィィ……」

不気味なうなり声が響いた瞬間、ぬっと目の前に何かが現れた。

「……片耳豚」

醜く太った巨体が揺れる。ねるの数倍はあるだろう。口は大きく裂けており、鋭い牙が光っていた。いかにも凶暴そうな面立ちだった。

小脇には女の子を抱えている。脳裏の映像と同じだった。

「グアアアアア!!」

片耳豚が迫ってくる。だが、ねるは毅然としていた。

ねるの身体が光に包まれる。

「……闇を払え。聖なる力よ。我に奇跡の光を……そして無限のエナジーをっ!」

片耳豚が雄叫びをあげた瞬間、ねるが跳び上がった。

彼女を包む光が眩しくきらめき、周囲に幻想的な輝きをまき散らす。

光の中で、彼女の姿が徐々に変わり始める。レオタードのようなコスチュームとプロテクターを身にまとう。それは彼女の細い身体を引き立てるように調和し、彼女の力強さと可憐さを同時に表現していた。

落ち着いた漆黒の髪が、コスチュームと同じ純白に変化し、その輝きが更に強くなる。髪のところどころにスカイブルーのメッシュが入り、彼女の容姿がいっそう華やかになった。

光が強く輝き、周囲をいっそう明るく照らす。

その光の中から颯爽と現れたのは、まるで夢の世界から飛び出したような可憐な魔法戦士だった。

「魔法戦士ねる……邪悪を打ち破ります!」

彼女の姿は美しさと勇気に満ち溢れ、世界を守る使命を果たす覚悟を示しているかのようだった。

(……やっぱりこの恰好恥ずかしいんだよなぁ……お義母さんの趣味出過ぎなんだよ……)

決して表情には出さないが、いまだにこの姿が恥ずかしいようだ。ねるが魔法戦士としての戦いを始めてからもうすぐ一年が経とうとしていた。

魔法戦士ねるは、毅然とした表情で片耳豚を睨んだ。

「質問していいかしら?貴方は魔王?」

「ブヒィィィィッ!」

「……のわけないわね」

独り言のようにつぶやくと、魔法の杖を振り上げるねる。

「はあぁぁ……っ!」

刹那、強い風が巻き起こる。その杖から放たれるエネルギーは空気を切り裂く鋭い刃となった。刃は風に乗り、敵に向かって疾走していく。

「グアァァァ……」

ねるの攻撃魔法をダイレクトに受けた片耳豚は、絶叫するとグラグラと頭を振りながら、膝をついた。

「グェ……」

片耳豚は口元からブシュリと血を噴き出し、くわっと目を見開くと、地面にドス黒い血を撒き散らしながら絶命した。

「大丈夫?怪我は?」

ねるが急いで女の子のそばに駆け寄る。

「あ、貴方は……」

「何も心配しなくていいわ。私が貴方を助け……」

ねるが辺りを見回す。ふいに陽が陰っていた。まだ午前中であり、天気が急変するとは思えない。徐々に辺りが暗くなっていく。

次の瞬間、暗闇から粘液をまとった肉壁と触手が現れた。

「……姑息な真似を」

結界を張られた。

魔物は特に、獲物が逃げないように肉の壁を作る習性がある。ねるの女の子を決して逃がすまいという、強い意志の表れだった。

ねるがさっと女の子の目を隠した。あまりに衝撃的な光景だった。

すっと魔法の杖を掲げる。すると、肉結界の隙間に通り道が現れた。

「いい?ここを思い切り真っ直ぐ走るの。何が見えても絶対に振り返っちゃだめよ?」

「でも……」

「大丈夫。あとは私に任せて」

やさしく声をかけるねるは、柔和な顔つきだった。

「……うん」

女の子は涙を拭うと、こくりと頷いた。そして意を決し、言われた通り走り出した。

「……」

ねるが耳を澄ます。魔物の気配を察知していた。

魔法の杖をくるりと回し、狙いを定める。

「グポオオォー!!」

「ブヒブヒィィィ〜〜!」

いつの間にか、片耳豚たちがねるの四方を囲んでいた。細い目をギラギラさせながら、牙を剥き、ヨダレを垂らしている。

ねるは、魔物にとって極上の獲物だった。妖力が高い魔法戦士は、一度身体を味わうと麻薬のようにとりつかれるという。

「……」

絶対絶命のピンチだ。片耳豚は怪力でねるの腕など瞬時に引きちぎるだけのパワーがある。それが複数で迫ってきている。

「ブッヒャァァァァァッ!」

耳をつんざくような雄叫びが続く。片耳豚達が、一斉にねるに飛びかかってきたのだ。

しかし次の瞬間……!

「はあぁぁぁっ!」

「グハアァァ!」

片耳豚数体が同時に鈍い声をあげる。巨体が吹っ飛び、地面に倒れていた。

「……束でかかってきたって無駄よ」

目映いばかりの光に包まれ、魔法の杖をくるりと回す。ねるが妖力で片耳豚を凪払っていた。

"最強魔法戦士"──いつからか、ねるはそう呼ばれていた。以前のような拳一辺倒ではなく、魔法戦士の力を授かってから、敗北知らずだった。

ここまでは平坦な道程ではない。最強がゆえに魔物に狙われ、より上位が挑んでくる。次から次へと。手を変え品を変え。

何度も危機が迫った。めげそうになりなったり、手ひどく襲われたこともあった。だが生来の正義感と勘が良くなったことで、魔物達を打ち破ってきた。

そして幾多の経験を経てねるは"最強魔法戦士"と呼ばれるまでに成長を遂げたのだ。

「……あと一体いたはず。どこへ逃げたの」

ねるが走り出す。表情が険しい。

真っ直ぐ向かった先には……。

「……!?」

木陰から片耳豚が姿を現す。

急にさっきまでのねるとは違う神妙な面持ちになる。

「久しぶりだな」

胸に傷のある片耳豚だった。

「くっ、うぅぅ……」

女の子を抱えており、太い腕で首を押さえ込んでいる。いつでもねじ切れると言わんばかりだった。

「……っ!?逃げたはずじゃ……」

女の子の顔を見て愕然とする。ついさっき助けた子だった。肉結界の隙間から逃げ切ったと信じていた。

「ねる。お前、しょっちゅう魔王かどうかって聞いているそうだな?」

「……」

「二度目だが、質問に答えてやろう。俺が"魔王"だ。お前は倒し損ねたんだよっ!」

「……バカ言わないでよ。貴方ごときが魔王のわけない。それでも言い張るなら正々堂々と戦ったら?」

"魔王"──ねるが求めてやまない存在である。

片耳豚の腕に力がこもる。ギリギリといやな音が響いた。

「うぐっ!た、助け……てぇ……」

女の子は苦しそうに顔を歪めて、ねるに向かって手を伸ばしてくる。震える指先が、いかに逼迫した状況かを表していた。

この片耳豚は本気だろう。狙いは想像できていた。

「……安心して。必ず貴方を助けるわ」

ねるが女の子を励ます。これまでの凛々しさは消え失せ、やさしい声色だった。まるで聖母のようだ。

弱い者を守る。ねるが魔法戦士として再び戦う理由の一つでもあった。

「そう言ってられるのも今のうちだぞ」

「……わざわざとどめを刺されに来たわけ?」

言葉を解する片耳豚は珍しい。ねるの記憶にないわけがなかった。

まだ魔法戦士となって間もない頃だった。ごく普通のルーティーンだった。さほど強くない片耳豚を、確実に仕留めたはずだった。それを倒し損ねたのだから、記憶に深く刻まれている。

「ふざけるな!キサマのせいで俺は……」

片耳豚がギリギリと歯噛みする。

深手を負わされてしまった。返り討ちにされたのだ。

魔王の悪戯か思慮か、この片耳豚は戦闘中に空間のゲートと呼ばれるものにより回収されていた。そのため、ねるにとどめを刺されずに済んだ。それ以来、今日まで悔しさだけを募らせている。

「……私は負けない!」

ねるが魔法の杖を構える。真っ直ぐ片耳豚を見据える目に、ぶれない力強さがあった。

そのときだった。

突然、空間が裂けるとゲートが開いた。

「なっ……!?」

黒い影が墨のように流れ込んでくる。

それらはやがて姿を作り、触手や片耳豚、小鬼の群れに変貌する。これまでにないほどの数だった。

「……」

ねるは冷静に、現れた魔物の強さ、知性、戦闘能力などを分析する。

しかし、数えるそばから鈴なりに片耳豚が現れら折り重なっていた。ゲートから延々と流出するようだ。

「よく聞け、お前が一歩でも動いたら、この娘を殺す」

「いやあああ!」

女の子がブルブルと首を横に振る。片耳豚の怪力に恐怖しかなく、涙を零していた。

「……ほんっとゲートにはうんざり」

どれだけねるが魔物を倒しても、ゲートが開けば増援がくる。

特にこの片耳豚のように回収までされてしまう。すべてが水の泡になったことも、数え切れない。

たった一人で戦っても、限界が来るのは目に見えていた。

(これだけの数でも、冷静に戦えば勝てるかもしれないわ。でもあの女の子が……)

片耳豚が人質をとっている。

そして今……過去に例を見ない大軍を目にしていた。

「がはは!ゲートはありがたいぞ!俺に復讐のチャンスをくれたんだからなっ」

ゲートによって救われる。魔物にとっては珍しい。

ねるにとっては、もっともいやな記憶だった。

だが、そのおかけで、魔王討伐への闘志が燃え上がったのは言うまでもない。

「おかしいぐらい用意周到ね。大軍を呼んで、さらに人質までとるなんて……」

「うるせぇ!どうすんだ?小娘を殺すぞ?」

「……」

何パターンもの戦法を考えるが、安全な救出策としては可能性が低い。魔王の大軍は増える一方だった。触手や片耳豚、小鬼などが続々と集まっており、ねるを囲んでいる。

自分一人なら、離脱はできるだろうが、あの女の子は……。

「ひっくぅ……せっかく助けてくれたのに……振り向いたら……怖くなってぇ……」

さっき、ねるが振り向くなと言った理由はそれだった。あの肉壁を直視できるとは思えない。

「ご、ごめんなさい……ごめんなさい……」

女の子の頬が涙で濡れる。罪悪感に打ちのめされているのだろう。

逡巡を重ねたねるが、眉をひそめる。この状況の打開策は、どれだけ知恵を絞ってもでてこなかった。

「……」

苦しげな目をした女の子が、これまで見てきた犠牲者と重なった。ねるのよく知る人物もいた。強くなって魔王を倒せば、もう同じ目に遭うことはなくなる。

「……その娘を放して」

「くく。やっとわかったか」

「好きにするがいいわ」

「さすが最強魔法戦士だ。賢いぞ。では……」

魔物達がじわじわとねるに迫ってくる。

やがてねるの視界は黒く染まり……意識が遠のいていった。













■筆者メッセージ
次回からエロシーン出ますのでもうしばらくお待ちください🙇
帰ってきた暴動 ( 2024/11/13(水) 03:58 )