ソコ触ったら、櫻坂?













































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♯34
長濱ねる登場♪有名エロゲーを実写ドラマ化しちゃいました♪ 最終回
最終章 魍魎の贄

「瑞穂っ!」

部屋に戻ってきた瑞穂に、茜は駆け寄る。

「いま追いかけようとしてましたのよ。まったく、わたくしの話も聞かず飛び出していくんですもの」

「途中で、あの女を見失ってしまった」

瑞穂は難しい顔をして茜に告げた。瑞穂は憮然とした調子だが、茜は心底ホッとしていた。瑞穂が烏頭女を見失ったということは、魍魎の魂は無事ということだ。魍魎の魂を破壊されたら、茜のしやうとしていることは無に帰してしまう。

「瑞穂、聞いてちょうだい。わたくしは何も、あの女の言っていることを鵜呑みにしたわけではなくってよ」

「どういうことだ?」

「あの女に、わたくしと同じ希望があってたまるものですか。分かっていますわ、あの女はわたくしを利用しようとしている……甘言を弄してね」

「では?」

と瑞穂は僅かに眉を上げる。その顔に、茜は笑ってみせた。

「利用されたフリをして、逆に利用してやりますのよ」

「あの魍魎の魂……烏頭女とやらから奪い取るつもりか」

「もちろん。あの女にしかできないような方法でしたら、わたくしも考えましたけど……魂をあんな完全な形で持っているなんて、好都合ですわ。あれを奪いさえすれば、後はどうにだってなりますもの」

「だが!」

昂然として、瑞穂は声を上げる。

「そう簡単に渡すと思うか……それさえあれば、あの魍魎を自由に操れる……そんな大切なものを」

「大丈夫ですわ……瑞穂、あなたがいれば」

「茜……」

「わたくしと、あなたがいれば……」

茜は自分一人では無理だと思っている。だが、瑞穂がいれば話は別だった。強力な仲間である瑞穂がいれば、烏頭女をどうにかできると考えていた。

「手伝って、くれますわね」

茜の言葉に、瑞穂は一瞬視線を逸らす。だがすぐに、茜の顔を真正面から見据えてきた。

「魂を手に入れたとて……私がそれを破壊するとは思わないのか?現に私は、さっきそうするつもりだった」

「その時は……」

茜は一瞬息を詰める。

「その時は、あなたから、それを奪い取ればよろしいのよ」

「私と争ってでも、か?」

キッと眉を寄せる瑞穂に、茜は苦笑した。

「できれば、そんなことはしたくありませんわね」

「なら……」

「それでも……」

視線と視線がぶつかる。しばらくの沈黙──視線を先に逸らしたのは、瑞穂であった。

「……分かった……」

「瑞穂……」

「茜には恩がある。強引ではあったが、ともかく私をここまで生かしてくれた恩がな」

「では、一緒に……」

瑞穂は観念したように、「ああ」と頷く。

「仕方ないだろう。どの道、止めて聞くようなら……」

言いかけて、瑞穂も少しだけ苦笑する。

「だが……行動を共にするのは途中までだ。あくまでも……魍魎の魂を手に入れるまでだ。茜がどうしても、それを使役するというのなら……私にも考えがある」

「それで充分ですわ」

「茜……私は、あんなものに頼らぬ方がいいと思う」

「ご忠告は、ありがたく頂いておきますわ」

ニコリと笑い、茜は答えた。瑞穂はしばらく茜の顔を見つめていたが、結局フッと嘆息し、視線をまた外してしまう。

「いいだろう……では茜、出発しよう」

「ええ、参りましょう」

茜と瑞穂は廃ビルを後にし、烏頭女が残した紙に記されている場所へと向かった。茜はゾクゾクとした戦慄を抱いていた。もうすぐ、自分の理想が実現するのだと思うと、興奮を止めることができなかった。その興奮が、茜から冷静な判断を奪っていた。茜はあることに、気付いていなかった……。











夜陰の中、茜と瑞穂はまっすぐに中空を駆けはじめた。

人の足など敵うわけもない、一陣の風のように、ただまっすぐ……。と、

「こりゃあっ、待たんかっ!」

茜と瑞穂の行く手を遮るように、コマが姿を現した。

「むっ……」

「あら、セクハラ犬じゃありませんの」

茜と瑞穂は足を止める。おそらく真帆が、瑞穂が茜をちゃんと説得できるかどうか見届けるために放ったのだろう。

「お前さん方、どこに行くつもりじゃ……まさか……」

「あなた方には、もう関係のないことですわ」

茜は小さく鼻を鳴らし、冷ややかにコマを見下ろしながら言う。

「むぅうう……やはり魍魎の封印を解こうというのかっ……瑞穂ちゃん、こりゃあどういうことじゃっ!?皆、瑞穂ちゃんを信頼してじゃな……」

「すまない、今は……」

「今、瑞穂はわたくしの味方でしてよ」

茜は指輪に触れ、ウルファートを召喚する。

「失礼を……セクハラ犬様」

ウルファートは雨のように無数のナイフを投げた。コマがそれをかわしている間に、茜と瑞穂、ウルファートは空中を大きく跳ね跳んだ。

「こりゃあっ、待たんかっ!お前さん方の妖力じゃあ、魍魎にイチコロにされてしまうぞっ!」

コマの忠告を、茜は「ほーほほほほっ」と笑い飛ばす。

「ご忠告、感謝いたしますけれど、勝算は充分にありますのよっ!ご心配なく!」

コマは深追いしてくることはない。茜と瑞穂が魍魎が封印されている地に向かっていることを真帆に報告するために、会社にとって返したようだ。

「茜……」

「心配しなくても、ちょっと脅かしただけですわ……そうですわね、ウルファート?」

「はい」

茜の問いに短く答え、ウルファートは指輪の中に戻った。

「何ですの愛想がありませんわね」

「ウルファートも心配しているのだ、茜のことを」

「心配?」

瑞穂の言葉に、茜は薄く笑った。

「お優しいこと」

それっきり口をつぐんで、茜と瑞穂は一心に北へ……封印の地へと向かう。

(分かっていますわ、危険だということくらい。けれど……)

茜はギリッと歯噛みする。幼い頃のあの光景を、まだ茜は鮮明に憶えていた。

低俗な妖魔たち……ただ力……知能も何もない連中に引き裂かれていく一族の姿を。

その日から茜は欲した……何よりも力を欲した。ただ一人、ウルファートに守られて落ち延びてから茜はそれだけを望んでいた。力さえあれば守れたものが、どれだけあっただろうか?

(だから……今度はその力を……手に入れますのよ……もう誰も傷つけなくてもすむように、そのための力を……わたくしは手に入れなければならない……)











どれほどの時間、駆け続けただろうか。

「ここ、ですの?」

人間の足ではとても一晩で着けないような、すみかから遠く離れた田舎道に、茜と瑞穂はいた。

「そのようだ……妖気が……」

「ええ、吹きつけてくるようですわ」

解けかけている封印……そこから滲み出てくる魍魎の妖気、瑞穂も茜もそれを感じていた。

(こんな強い妖気が噴き出しているなら……あの低級な妖魔たちの活性化も頷けますわね)

邪悪な波動はそのまま、本能だけで生きている低級妖魔たちを突き動かす。おとなしく……ただ眠っていただけ、存在していただけ、そんな連中までもが妖魔としての本能の血を突き動かされて活動し始めているのであろう。

魍魎の妖気で酔ってしまいそうだと感じた茜は、ここであることに気が付いた。瑞穂に対して、違和感を抱く。いざ魍魎が封印されている地に着いたことで、冷静さが戻ったと言ってもいい。先に進もうとした茜は足を止め、瑞穂に顔を向ける。

「どうした茜?行かぬのか?」

問いかけてくる瑞穂に、茜は聞く。

「瑞穂、あなた……わたくしに魍魎の魂を手に入れてほしくはないのでしょう?」

「ここに来る前から、そう言っている」

瑞穂は、何を今さらという感じで言う。瑞穂はできるのなら、茜が魍魎の魂に手を出さねばいいと思っているはず。だからこそ、口うるさく茜を制してきたのだ。なのに急に態度を変え、ここまで一緒に来た。どちらかと言えば会社寄りの瑞穂だ。何が何でも茜を止めようとするはず。足止めをしたり、出発を遅らせようとしたりするはず。

だが違った。茜を足止めしようとしたり、出発を遅らせようとはしなかった。

「あなたの性格なら、無理にでもわたくしを止めるはず……なのに、何でここまで一緒に来たんですの?わたくしを止めるために、あなたなら真帆たちのところに行くんじゃないのかしら?」

瑞穂は無表情になって、茜を見つめる。

「あなた……瑞穂じゃないですわね!?」

茜は瑞穂との距離を空けた。

「そうか……」

瑞穂はそう言って目を閉じる。

「気付いてしまったか」

再び目を開けた時、瑞穂の瞳はガラスのようになっていた。感情というものが失せた瞳で、茜をジッと見据える。

「魍魎を前にして、気付くとはないと思っていたが……」

瑞穂の足が動く。瞬時に茜との距離が縮まった。

茜は急いでウルファートを召喚しようとするが、それよりも早く瑞穂の手が動いた。

「ぐっ……」

瑞穂の拳が、茜の腹に食い込む。茜の目の前が真っ暗になる。

「み、瑞穂……」

そのまま茜は意識を失った──。











意識を取り戻した時、茜は暗い空間にいた。先ほどまでいた田舎道ではない。

「ここは……」

そして茜はハッとなる。服を脱がされており、裸であった。腕で体を隠そうとするが、何かされたのか体が動かない。

顔を赤くした茜は、先ほどのことを思い出す。自分を気絶させた瑞穂……あれは瑞穂ではなかった。たが、体は瑞穂であった。考えられることは一つ。

(瑞穂……操られているんですわ……あの烏頭女とかいう女に……まさか瑞穂が、そんな不覚をとるだなんて……)

瑞穂を操っているのは烏頭女だろう。それしか考えられない。瑞穂がそんな不覚をとることはないと、茜は安心していた。陽人やねるなどと違い、瑞穂は優秀で強い。瑞穂だけは違うと思っていた。だから、瑞穂が部屋に戻ってきた時も茜は何の疑いも抱かなかった。ウルファートを召喚して、この場を何とかしようと思ったが、指に指輪の感触はなかった。どうやらこの空間に閉じ込められる前に奪われてしまったらしい。

「瑞穂!」

叫ぶ。瑞穂の姿は、この暗い空間にはない。だが、どこかにいるはずだと思い、瑞穂の名を呼ぶ。

すると……、

「呼んだか、茜」

瑞穂の声が聞こえた。暗い空間に、瑞穂が姿を現す。いつもの男物の服を着ていない。それどころか、さらしも巻いておらず、瑞穂は全裸だった。

全裸の瑞穂は恍惚としたような表情を浮かべ、横たわっている茜にのしかかった。

「きゃっ……み、瑞穂……いやっ、な、何をするんですのっ!よ、よしなさい!」

瑞穂はいつもその体を……女の体を見られるのを嫌っていた。鬼に犯された女から生まれた瑞穂は、女の性を嫌っていた。犯される側である女という性を嫌っていた。

だから、どんな時でも必要以上に服を着込んでいる。

だが今は、素肌を……嫌っているはずの女の体を惜しげもなく晒していた。

「め、目を覚ましなさい瑞穂!は、恥ずかしいですわよっ……あんな女に操られるだなんて……んんっ!」

瑞穂の手が、茜の乳房に触れる。そして、指が痛いぐらいに乳肉に食い込んできた。

「あ、くぅうっ……い、いや……ですわ……瑞穂、お、およしなさい!」

腕で瑞穂の手を払おうとしても、腕は思いどおりに動いてくれない。何とか動く腰をよじって、茜は瑞穂から離れようともがいた。

だが瑞穂の力は茜の体をがっちりと押さえ、僅かな身じろぎさえも許してはくれないほどであった。

「茜……私は……茜と共にいたい……」

熱い息を漏らしながら、瑞穂は言う。

「な、何を言いますの、いきなり?そ、そんなこと言われなくても……」

「けれど茜も、いつかはどこかの男のものになってしまうのだろう?」

「瑞穂、あなた、こんな時に何の話をしてますの!?いい加減に……あんんっ!」

乳房に食い込む瑞穂の指に力が込められる。あまりの痛みに、茜は顔を歪めて呻く。

「私は耐えられぬ……茜……茜が薄汚い男に暴力で犯されるなど……」

瑞穂は喘ぐような声音で言う。

「なす術もなく犯される……茜が犯される……そんなこと……私に耐えられるわけもない……」

「瑞穂……瑞穂!お、落ち着きなさい!わ、わたくしが、そんなことむざむざとされるわけが……」

「される」

茜の抗う声を遮るように、瑞穂は冷たい声で断定する。

その声に一瞬茜は息を飲み、黙り込んだ。

「このままいけば……けれど、けれど……もう大事ない。茜は私が守るから……」

「み、瑞穂……離しなさい……っ!」

瑞穂の瞳は虚ろだ。その虚ろな瞳がヌラヌラと濡れていく。それはまるで男……瑞穂の言う、薄汚い男の欲求に濡れた目そのもののようだった。

その瑞穂の瞳に、茜はゾッとして「ひっ……」と短い悲鳴を上げる。その直後、

「なっ!?」

茜は目を見開いた。瑞穂の股間から何かが生えた。禍々しい形状の、二本の肉塊。茜の体に押し付けられたソレは、男根のようであった。

「み、瑞穂……な、なんですのそれ……ひっ、い、いやっ!お、押し付けないで……!」

「茜……私はようやく、女ではなくなったのだ。私があれほど忌み嫌っていた、弱いだけの、ただ蹂躙されるだけの女では、もうなくなったのだ」

上ずった声で言うと、瑞穂はうっとりとした顔でビクビクと脈動する肉塊を撫でさすった。

「はぁ……ああ……どうだ、茜……これで私は茜を守れる……ずっと、いつまでも茜と共にいられるのだ……」

「ひいっ、い、やっ……み、瑞穂っ、そんな、そんなに……擦り付けないで……っ」

茜の言葉に耳を貸さず、瑞穂は腰を突き出してくる。その拍子に瑞穂の異形の男根が、茜のクリトリスを擦り上げた。

「はうっ!」

ソコから走った快楽の電流に、茜はビクッと体を震わせて声を漏らす。

「ああ、茜……茜……私が……私が全部、茜にしてやれる……茜、私は、私は、茜と共に生きたい……」

「み、瑞穂!瑞穂っ!しょ、正気に戻って……こ、こんなことが、あなたの望みで、あ、あるわけありませんわっ!」

茜は瑞穂の言葉を、必死になって拒絶した。

これは瑞穂の言葉ではない……瑞穂を操っている烏頭女が言わせているのだと信じて。

「ぶ、侮辱ですわ……こんな……瑞穂への……っ!」

茜の体は怒りでカッと熱くなる。

心を奪われ操られたのは、瑞穂の未熟さのためかもしれない。だが、抜け殻になっている瑞穂の口を使い、瑞穂にとって死ぬほどの恥辱であり屈辱であろうことを口走らせるなど、茜には許せなかった。

「ゆ、許せませんわ……わ、わたくしが、わたくしが……瑞穂を正気に……」

瑞穂を正気に戻したい……そう思うが、どうすれば瑞穂を正気に戻せるのか分からない。その間にも、瞳を淫らに濡らしている瑞穂は腰を動かす。

「ひぅ、ああ……み、瑞穂……う、動かさないで……それ、だ、だめですの……っ!」

瑞穂が腰を動かすたびに、異形の男根が茜の淫珠珠を擦る。

「あぅ、はぁう……だ、だめ」

男根で淫真珠を擦られるたびに、茜は声を漏らしてしまう。

「そうか……茜、これが気持ちよいのだな」

「ひぃあっ……ち、ちが……違いますわっ……そんな、気持ちいいなんて……はあぁうううっ!」

茜は首を逸らして喘ぐ。瑞穂は構わずに腰を動かし続ける。男根の裏側の、細かな凹凸の部分が茜の淫真珠をグイグイと擦り上げてくるのだ。そのたびに、茜は喘いでしまう。

「ひぅ、あぅう……ん、んく……こ、こんな……こと……い、いけませんわ、瑞穂……ふあ、あくうま……あうぅ……い、いや、ですの……み、瑞穂ぉ……も、もう、それ、と、止めてぇ……やめてぇぇっ!」

茜の言葉を聞かず、瑞穂は腰の動きを次第に強くしていき、男根を茜の秘裂へと押し付けてくる。

瑞穂の異形の男根は火傷しそうなほどに熱く、それが茜の敏感な部分をグイグイと擦って、こねくり回してくる。熱い男根で敏感な部分を刺激される茜の体に走る感覚は、鋭いものであった。

「ああ茜……茜……割れ目から、ヌルヌルとしたものが溢れ出してきたぞ……」

「や、ああ、いやあ……ち、違い、ますわ……そ、それは……っ」

「興奮しているのだな……私の男根が擦れて、ここが……気持ちよいのだろう……?」

言いながら瑞穂は、淫らな蜜を溢れさせる茜の秘裂に男根を集中させた。瑞穂が腰を動かすたびに、茜の淫裂からはクチュクチュと粘った水音を立てた。

「ふあぁ……あ、ああぅうう……んんっ!いやあ……み、瑞穂、瑞穂ぉっ……それ……ひああっ、そ、そこぉっ……そ、そんなに……はひぃいっ!あう、んんんっ!く、くりくりしたらぁ……あう、んくうううっ!」

勃起して赤く染まった淫真珠……そこを軽く男根で擦られただけで、茜の体には矢のような鋭さで刺激が走り、突き刺さる。

「ひっ……あ、ああ……瑞穂、瑞穂……瑞穂おおぉっ……や、やめ……ひあ……ク、クリトリスはあっ……ひぃうああ、だ、だめええっ!」

喘ぐ茜。瑞穂は興奮したように呼吸を荒くしていく。

「茜……はぁ、はあ……ああ……こうしているだけでも私は……どうにかなりそうだ……男根の芯が熱い……熱くて、頭がおかしくなりそうになる……」

瑞穂はさらに腰を揺さぶってくる。

「ああ、こんな……こんな衝動など……はあっ、あ、味わったことがない……茜……ああ、茜っ!」

興奮で染まった瑞穂の声。茜は瑞穂のそんな声を聞いたことがなかった。

熱く蕩けて、昂揚に流されるままになっている瑞穂の声。

「瑞穂……ひああぁっ!い、いや、ですわっ……瑞穂が……瑞穂がわたくしに、こ、こんな酷いことを、す、するなんて……み、瑞穂は……わたくしを不幸にして、嬉しいんですの!?こ、こんな、わたくしの望んでいないことをして……っ!?」

「どうしたのだ茜……茜も、こんなに……」

瑞穂は、なぜ茜が自分を拒絶するような言葉を口にするのか理解できない、という様子だ。

「ひぁああっ!はひっ、い、やっ……瑞穂ぉっ、痛いぃっ、それえぇっ……つ、強すぎますの……んくぅっ!」

男根の裏側で、力任せに淫真珠を擦られる。と同時に、掴まれたままの乳房がギリリッとねじ上げられた。

二方向から同時に襲う、体内への痛みと刺激に茜はただ耐えることしかできない。

「茜……茜っ……苦しいのだ……はぁあ、ああ……奥がジクジク疼いて、もう堪らぬ……」

「やあああっ……あぁああっ……瑞穂ぉおっ、やっ……ああ、いやああっ……やめ……やめてっ……ああ、ああぁぁっ……!」

茜は動かない手足を何とか動かして瑞穂に抗おうとする。だが、どうにもならない。

瑞穂から逃れることができない。

瑞穂の股間から生える二本の男根……その先端が、茜の秘裂と尻穴に触れた。

「ひいいっ!いやあ、瑞穂ぉぉっ、いやっ……両方……ひあ、両方、当たって……っ」

「はあぁ、あぁあ……茜……茜の中を、これで同時に……はあ、はっ、ああ……嬉しい……私はこれで茜を……茜を誰にも渡さずにすむっ!」

瑞穂の二本の男根が、躊躇うことなく茜の二つの穴を押し広げていく。それを感じて茜は「比あああああっ!」と大きな悲鳴を上げる。

「ひ、広がっ……るぅうう……イあああ、痛いっ……そ、それえぇ……い、痛いの……瑞穂、やめて……やめてちょうだいっ!」

二本の男根は、メリメリと音を立てて茜の中を這い進んできた。

「み、瑞穂っ……こ、んなのあこれでは……あ、あなたが嫌っている鬼と……お、同じではありませんの……っ!」

痛みと苦しさの中で喘ぎながら、茜は瑞穂の姿を見上げる。

「ち、力のない、お、女を……む、無理に、乱暴……して……こ、こんな……こんなこと……こ、こわな、ひ、ひどいことを……っ」

茜がそう言っている間にも、瑞穂のモノはメリメリと音を立ててゆっくりと進んできた。

他人に初めて触れさせる場所……それも両方同時に……。

(い、いた……はぁあ、ああっ……い、たいいぃっ……いやっ、いやああ……こんなの、いやああっ……!)

茜の下半身を、肉塊が押し上げてくる。

それはまるで、二つの穴から茜の体を真っ二つに裂くかのような痛みと圧迫感であった。

「茜……私は父や祖父とは違う……はぁはぁ……茜だけだ……茜だけを私は」

瑞穂は恍惚とした声を漏らす。

(違う……瑞穂じゃない……こんなの、瑞穂じゃない……っ!)

茜は喜悦の表情を浮かべる瑞穂に「離れなさいっ!」と言う。

「は、離れなさい…穢らわしい……っ!」

「茜……何を……?」

茜の言葉に一瞬、瑞穂の動きが止まった。

「も、もう……あ、あなたとは、これで……お、おしまいですわ……こんなっ……こんな下劣なことをする輩など……」

ギリギリと胸を締め上げられるような感覚をおぼえながら、茜は言う。

「も、もう……わたくしの、お友達でも、な、何でもありませんわっ!お、おどきなさいっ!」

一瞬、瑞穂の顔に哀しそうな表情が浮かんだように見えた。瑞穂が正気に戻ったのかと思ったが……それは本当に一瞬のこと。

「茜……茜、何を言っているのだ?」

瑞穂の顔が茜の顔に近づく。

ヌラヌラと濡れた瑞穂の唇が一瞬、茜の唇を掠めた。瑞穂は正気に戻っていない。

「私は茜を大切に思っている……だから、何も怖がることなどない……」

茜の心に絶望が宿る。

「茜……茜……大丈夫だ……私にすべてを……委ねればいい……」

「ひっ……あああああぁぁぁっ!」

瑞穂の二本の凶悪な肉塊が、茜の挟まっている肉壁の奥の奥にまで一気に挿入された。

強烈な痛みが、茜の全身を襲った。体がバラバラになる……茜はそう錯覚する。

「ああああああっ!やああああっ!いや……ひぎぃっ……ぬ、抜いて……瑞穂ぉっ、抜いてえええええっ!」

ミチミチと肉が裂けていく音が、茜は体内から聞こえたような気がした。

肉塊が挿入された二つの穴から血が零れ、茜の内腿を濡らしていった。

茜の体内で、瑞穂の二本の肉塊がビクビクと脈動する。

「ひぃ、あ……ああ……わ、わたくし……ひぎ、ぎぃ……み、瑞穂に……瑞穂にぃ……」

「ああ、茜っ……茜っ……私が……私が茜の……茜の処女を今、味わっているのだ……はあ、はぁっ、あああ……」

瑞穂は細かに腰を揺さぶってきた。

女性器と尻穴……二か所を同時にペニスで擦られ、抉られる。

(うう、うあああ……二本……二本同時になんてええ……い、いやあ……あう、あう……前だけじゃなく、お、お尻にもぉお……っ)

おかしな形をして、細かな痙攣を繰り返す、浅ましい男のモノ……それが同時に、茜の体内に二本も入り込んでいる。尻の穴も犯され、茜は死にたくなるほどの屈辱を感じた。

「ひぁああ……あっ、ああ……う、動かない、でぇ……ああ、いやあああ……っ!」

茜の股間からは、破瓜の血と女の蜜、そして瑞穂の先走りが混ざったものが溢れる。

「あああ……はぁ、ああっ……茜……ああ、こんなに……こんなに気持ちがよいとは……私は……私は……ああっ……」

瑞穂の腰の動きが激しくなる。茜を犯す悦楽が、瑞穂の動きを激しくしているのだろう。

「ひぐっ、あ、あぐあああっ!や、いやああ……瑞穂、瑞穂おおおっ……んひぃっ、あああ……そ、そんなに激しく……しないでえええっ!」

膣肉と尻穴の圧迫と蠕動が、瑞穂を酔わせているようだ。快感を求める本能のまま、瑞穂は茜を求めはじめる。

「茜……ああ茜っ……はぁ、はあっ……もう……もう止まらぬ……これ以上……」

「ふああ、ふぅ、ああ……瑞穂ぉお、やああ……りょ、両方……くるぅ、くるぅ……奥、お、奥まで届くぅぅっ……っ!」

茜を組み敷いたまま、瑞穂はさらに腰を激しく使いはじめた。

「あひいいぃぃっ!あう、あうううぅぅんっ!に、二本、こひゅ、こひゅれりゅ……あ、穴、両方、ひろ、ひろがっひゃううぅぅっ!」

瑞穂に犯されていくうちに、茜の呂律は回らなくなっていく。

二つの穴を犯される衝撃……それまで、まるで広げられたこともなかったような箇所を強引に押し広げられ、突き上げられ、嬲られる……そのショックに、茜はもう何を考えていいのか分からなくなってしまう。

(瑞穂……あっああ……あううう……瑞穂が……瑞穂が、わ、わたくしに……こんな……こんなことを……っ)

何よりも茜がショックなのは、それだった。瑞穂が自分を犯し、悦んでいる。それが、茜にはショックであった。

「茜……ああ、分かるぞ……穴がほぐれてきた……」

「んんひぃっ……ひゃあ、そんなにズボズボ……ひな、ひないでえぇ……」

茜のショックは、瑞穂に犯されていることだけではない。

瑞穂に乱暴に犯され、嬲られているというのに、自分の体が瑞穂の抽送に次第に順応を見せはじめていることもショックであった。

拒否しようとしても、茜の体は瑞穂を受け入れてしまう。

「ああ、茜……奥からどんどんいやらしい……はぁ、ヌルヌルしたものが溢れ出してくる……こんなに、いやらしい音まで……」

瑞穂が腰を動かすたびに、茜の秘裂は淫らな、粘った水音を響かせる。

茜は苦しさにむせび泣くが、体の内側からだんだんと膨れ上がってくる感覚をどうすることもできない。

「ひぃああ、あひあああ……熱い……熱いぃぃ……とけ、とけりゅぅ……はひいい、あっ、ひいい……瑞穂、瑞穂おおおっ!」

ビクビクと茜の腰が跳ねる。茜は確かな快感を感じていた。

(あ、ああ……わたくし……わたくし……どんどん、こんな……こんな行為で………ああ、気持ちよく……気持ちよくなってますの?わたくしぃ……み、瑞穂に……二本も同時に、お、犯されて……)

茜はチカチカと頭の奥が瞬いているような感じがした。

瑞穂のモノは硬く反り返り、血管を浮き上がらせ、茜の中で痛々しいほどの脈動を繰り返している。

ゴツゴツと節くれ立ったものに前後同時に突き上げられ茜は、自分の中の快感がどんどん大きくなっていくのを意識した。

「ふぅああ、はうああ……ああ、なんで……なんでぇ、わたくしぃ……気持ちよくなってえぇ……」

「茜、感じているのだな……私の……私のモノで……茜は処女を失ったばかりだというのに……こんなに……」

瑞穂の上ずった声。茜はもう抗う気持ちも粉々にされていくようだった。

ズグンッ!とペニスが猛烈に茜の子宮口を叩き上げてくる。その瞬間に、茜の全身に快感の粒子が飛び散った。

あまりにもそれが甘くて、狂おしくて、愛おしくて……味わったばかりの破瓜の痛みもアナルを貫かれる苦しさも、その前に霧散してしまう。

「みず……ほっ……みず、ほっ……瑞穂おぉぉっ、ひあ、ああ……瑞穂、瑞穂おおおっ!」

ただ瑞穂の名を呼ぶ。

(ああ……もう、もう……わたくし、もう……どうなっても……)

と、そんな気分さえ、その快感は茜に抱かせた。

「瑞穂……ああ、瑞穂ぉ……い、一緒に……はあ、ああ……ずっと一緒に……い、いてくれますの……?」

「ああ……ずっと、ずっと一緒だ……ずっと……茜を全部のものから、私が護ってやるっ」

言いながら瑞穂は、茜の体をまた深く貫いた。

「ひいいあああ……あひあああああっ!」

一度快感に気付き、溺れはじめると、体はもう止まってはくれなかった。

味わわされた強烈な刺激、その強さに引きずられ、意識も理性もグチャグチャに掻き混ぜられてしまう。

「ふああ、あふぅ……ああ、瑞穂おおお……くるぅ、きますのぉ……大きい、気持ちいいのがああっ……!」

「茜……茜ぇっ……もっとだ、もっと、ああ……このまま、私のモノで、このまま……っ!」

「んひぃい……いひいいいいっ……イクぅ、瑞穂ので……瑞穂のでイクううううううっ!」

訳も分からずに叫んだ茜は、瑞穂のモノが与えてくれる快感の全部を掻き集めた。

「茜……茜……茜えええっ!」

乱暴に犯されているのに……そんな気持ちは、もうどこかに飛んでしまった。

「ああひぃいい!んんん、あああっ!瑞穂おお……瑞穂ぉぉおおっ!」

腰を動かしながら、瑞穂は紅潮した顔で茜を覗き込んでくる。茜は貪るように、瑞穂と唇を重ねた。舌と舌が、重なった唇の間で絡み合う。

体の内外を焼き尽くさんばかりに激しく走り抜けた熱情が、茜の中でグツグツと煮えたぎっていた。

茜の中に埋まる瑞穂の二本のモノが、脈動を大きくしていった。

瑞穂は腰を一度大きく後ろに引くと、茜を貫かんばかりに腰を強く突き出した。

「あひ……あひああああああっ!」

茜の中で、瑞穂のモノが強く爆ぜた。それと同時に茜の中で快感が爆発した。

快感の爆発、悦楽の津波で全身を揺さぶられた茜は意識を失った……。











「う、ああ……」

呻き、茜は意識を取り戻した。冷たい風が、頬を撫でる。

「こ、ここは……」

瑞穂と体を重ねていた暗い空間ではない。魍魎が封印されている地につながる、田舎道であった。

茜は自分の体を確かめる。

服は着ていた。裸ではない。ウルファートを収めている指輪もある。体を起こそうとするが、力が入らない。

「よ、妖気が……」

妖気が抜かれているのが分かった。そのせいで体に力がはいらないのだ。クスクスという笑いが聞こえる。

何とか首を動かし、笑いが聞こえる方に顔を向けた。そこには烏頭女が立っていた。

「あなたの妖気、いただいたわよ」

「くっ……」

と歯噛みした茜は、ハッとなる。烏頭女の後ろには、瑞穂が立っていた。瑞穂も裸ではない。いつもの、男物の服をちゃんと着ている。

「み、瑞穂……」

呼びかけるが、瑞穂は反応を見せない。彼女の瞳はガラスのようで、意志というものをかんじさせない。

「い、今までのは……」

「幻よ……私が見せた、ね」

烏頭女は唇の端を吊り上げて言う。

「楽しかったでしょう?」

「よ、よくも……」

幻とはいえ瑞穂と自分をもてあそんだ烏頭女を、茜は鋭く睨む。ウルファートを召喚しようとするが、召喚するための妖力がない。


「私を利用しようとしたんでしょうけど……残念だったわね。利用されるのは、あなた。あなたの妖力は有効に使わせてもらうわ。魍魎を蘇らせるためにね」

「な……!?」

自分の妖力が魍魎を蘇らせるのに使われる……それを聞かされた茜は目を見開く。

「それ以外にも、あなたには使い道があるわ」

烏頭女の手に、黒い何かが現れる。茜には、それが何かは分からないが、自分の身に危険をもたらすものだということは分かった。逃げようと思っても体は動かない。

「み、瑞穂……っ!」

瑞穂に助けを求めるが、瑞穂はただ黙って立っているだけだ。

烏頭女の手から離れた黒い何かは、茜の全身を覆った。茜は悲鳴を上げたが、その悲鳴は外に漏れることはなかった──。











茜と瑞穂が魍魎が封印されている地に向かう数時間ほど前──。

ベッドの上で天井を眺めながら陽人は、瑞穂と茜はどうしているだろうかと考えていた。

「…………」

陽人は自分の掌を見つめる。自分の体の中に流れている血が、何百もの妖魔と何百もの人間を貪った魍魎のものなのだと思うと、堪らず吐き気が込み上げてきた。

魍魎……本来は死体の腸を食らって生きる、ただそれだけの、取るに足らない矮小な妖魔だった。それがなぜ、あの当時、魍魎だけが、ああも強大な力を得たのだろうかと陽人は思う。

赤ん坊だった陽人は、当時のことなどまるで記憶していない。

だが話を聞くだけでも、それが魍魎ごときの力ではないことぐらいはわかる。

なぜ魍魎が異常な力を得たのかは、今でも謎のままだ。

「くそ……」

陽人は呟いて、ギュッと拳を握る。

考えてもラチがあかない。陽人がするべきことは、ただ一つ。魍魎の封印をもう一度、完璧に施すこと……それだけだ。

(もう寝よう……明日のことは明日考えりゃいいや。今は明日に備えてゆっくり……)

ゆっくり寝ようと思った時、

「陽人おーっ!」

空いた穴を誤魔化すために壁に貼った新聞紙をバリバリと音を立てて破り、

「どわあああっ!ねる、またお前っ!」

ねるが陽人の部屋に突入してきた。美波の手を引っ張ってだ。

そして気が付けば、陽人の両脇にはねると美波が横になっていた。

「……おい、何だよこれ」

陽人が疑問を口にすると、ねるは「えへへっ」と笑う。

「いいじゃん、久しぶりにさー」

美波の方は「はわわわ」と慌てている。

「あの、あの、あの、私はその……」

「美波、あんまり端っこに寄ると落っこちるぞ。狭いんだから」

唐突にやって来た二人は、陽人がいいとも何とも言わないうちから、ベッドに潜り込んできた。美波に関しては、ねるに無理やり潜り込まされたと言った方が正解だろう。

ただでさえ狭いベッドは、三人分の体積でもうギチギチだ。

「昔はよく一緒に寝てたでしょ?」

無邪気に言うねるに、美波は「え、ええ?」と驚く。

「そ、そそ、そうなんだ……」

「そうだよー!陽人ってばさー、おっきくなってからもずっとオネショしてたの」

「ばっ!お、お前だって、よくお漏らしして泣いてたじゃんかよっ!」

「そ、それはちっちゃい頃の話だもんっ!」

陽人とねるのやり取りを見て、美波は「あははっ」と小さく笑う。

「いいなあ二人とも。すっごく仲良しなんだね。羨ましいなあ」

「えー、美波とも仲良しだよー。ねえ、陽人!」

「おう。もちろん!」

「えへへ、嬉しい」

笑って、美波は少しだけ陽人の方に近づいてきた。

「うう、ドキドキする……」

美波は少し緊張したような声で言う。

「ん?どうして?」

陽人が問うと、美波は「もう……」と頬を膨らませた。陽人は、おかしなこと言ったかな?と疑問を抱く。

「陽人、明日さ、頑張ろうね」

ねるの言葉に、陽人は「ああ」と頷いた。

「陽人くん、ねるちゃん……私、その、足手まといになっちゃうかもしれないけど、でも、精一杯頑張るから、私も……」

「うんうんっ、頑張ろうっ。みんなで頑張ったら、あっという間だよ!」

ねるが言うと、美波は「うん」と頷く。

「茜さんも……来てくれるといいね」

茜の名前が出ると、ねるは難しい表情を浮かべる。

「むー……まあ、ね……」

二人の温もりを感じながら、陽人は村にいた頃を思い出す。

(そう言えば……そうだった。昔はこうやって、ねると一緒に寝てたんだっけ……)

もうなくなってしまった村で……ねると二人で……。

「ねる、美波……俺……」

ギュッと陽人はもう一度、拳を握った。

「俺、本当に頑張るから。二人を……みんなを護れるように、俺……」

言って、陽人は握った拳のさらに力をこめる。

「ねる、すずな……」

呼びかけるが、

「すうすう……」

「すぴー、ぷしゅるるるるー……」

美波もねるも、既に寝息を立てていた。

「はえーよ!聞けよ!」

「むにゅむにゅ……葵ぃ……ニンジン……食べてぇ……」

「うふふふ……大福ぅ……大福ぅ……うふふふ……お布団みたいに大きな大福ぅ……」

「俺のカッコイイ台詞聞けよ!」

人がかっこつけている時はちゃんとそれっぽい空気を出すのが礼儀だろうと思いながら、陽人は叫んだ。

(くそ!明日起きたら、もう一回同じこと言ってやるからなっ!)

陽人は、そう誓ったのであった。











真帆はまだ会社に残っていた。椅子に座り、考え事をしている真帆にコマが声をかける。

「なんじゃい、まだ起きとるのか?」

真帆は「ええ」と頷く。

「準備は整ったんだけど……」

「連中、上手くやりおるかの?」

「多分、ね……上手く行ってもらわなければ困るわ。ヘマはしたくないわね」

「そう願いたいがの」

「コマ、一つ頼まれてくれるかしら?」

真帆はコマに、茜と瑞穂の様子を見てくるように命じた。

コマとしても、茜の動向が気になるのだろう。普段は真帆の命令をまともに聞かないが、今回ばかりはちゃんと聞いて、茜と瑞穂のすみかに向かった。











物音で陽人が目を覚ましたのは、夜更けのことだった。

その音は、コンコン……コンコン……とドアをせわしなくノックしている音であった。

「なんだよぉ……こんな時間に、うるさいなあ……」

陽人は無視を決め込み、布団に潜り込む。

三人分の体温で温められた布団の中は、何物にも代えがたい天国ぶりであった。

陽人が無視を決め込んだ途端、

「こりゃあああーっ!」

と大きな叫び声が響いた。

「うわあああああっ!?」

その叫び声で、陽人は体を起こした。

「ひひゃあああ!?な、なになになになになに!?」

「ふわああああ!?」

陽人だけではなく、ねると美波も目を覚まして体を起こす。

「コ、コマ?な、何だよぉ……びっくりするじゃねーか!」

式神のコマなら、ドアをすり抜けることなど造作もないことだ。だが陽人は、何で自分の部屋にコマがいるのか理解できない。

「え、コマ!?」

ねるはコマがいることに驚き、

「はぁはあ……びっくりした、びっくりした……」

美波は胸を押さえて喘いでいる。

「ぐぬおおおお!?は、陽人!貴様!なんて羨ましい状況なのじゃ!」

陽人の両脇にねると美波がいるのを見て、コマは体を震わせた。怒っているようだ。

「はあ、なんだよ、唐突に押しかけてきて……びっくりしただろ!心臓止まるかと思ったぞ!」

「くうう!こともあろうにねるちゃんと美波ちゃんを両腕に抱えて、何をいかがわしいことをしておった!?」

「ばっ……な、何もしてねーよ!このエロ狛犬っ!っていうか何の用だよ!?人のプライベートにきいちゃもんつけに来たのかよっ!?」

「ほっ、ぷらいべーとなどと偉そうに!ワシはのー……」

言いかけて、コマはハッとなる。

「おっと、そうじゃったわい!」

コマは身を翻すと、前足で器用にドアの鍵を開けた。

「そっちのお話は、もう終わったのかしら?」

ドアが開き、青筋と笑みを同時に浮かべた真帆が入ってきた。さっきのノックは真帆のものだったのか、と陽人は理解した。そして自分が起きてこないから、コマが起こしにきたのだろうとも分かった。

真帆は陽人のベッドにねると美波がいるのを見て、顔を赤くする。

「ちよ……あなたたち、どうして一緒に寝てるの!?」

「いや、これは……えーと、それは成り行きっていうか……」

しどろもどろに答える陽人。真帆の顔に今度は怒りの表情が浮かんだ。

「成り行きで……三人で!?は、陽人くん、あ、あなたねえっ……!」

今にも殴りかかってきそうな真帆に陽人は慌てて、

「違う!違うってばっ!」

と言い訳をした。

真帆は取り繕うように「こほん」と咳払いを一つ。

「じゃあ単に一緒に寝てただけで、本当に何もなかったのね?」

「なかったってば」

着替えた陽人は真帆の言葉に答える。ねると美波も着替えていた。何で真帆が着替えるように言ったのか、陽人たちには分からない。

「その、あなたとねるさんはどうだか知らないけど、小池さんは人間なのよ。責任というものが……」

「あのさ、この真夜中にそういう話をしに来たの?」

「あら、いけない」

陽人に言われ、真帆はまた咳払いを一つする。一つのベッドに三人が寝ているのを見て、本来の目的を忘れてしまっていたようだ。

「つい横道に逸れてしまったけど……緊急事態なのよ。今すぐ魍魎の封印の地に向かってほしいよよ」

「はあ!?」

「えー今すぐ?」

「どうして、そんな急に……?」

陽人、ねる、美波はそれぞれ疑問を口にする。

「茜さんと瑞穂さんが、そこに向かったわ」

「なっ!?じゃあ、もしかして……」

陽人は目を見開く。

「気になって、コマに様子を見に行ってもらったのよ。そうしたら……」

「行く道で会うてのう。連中、ワシに攻撃してきたわ」

「でも瑞穂は……瑞穂は茜を説得するって……」

陽人は信じられないという口調で言う。

「瑞穂ちゃん……瑞穂ちゃんも、じゃあ、結局茜と一緒に行っちゃったってこと?」

「そんな……」

ねると美波も信じられないという様子だ。

瑞穂が茜を説得するって言っていたから、陽人たちはほとんど安心していた。瑞穂なら茜を説得できる、と。

だが、まさか瑞穂まで茜と一緒に魍魎が封印されている地に向かうなど思ってもいなかった。

二人とも、完全に陽人たちを出し抜こうとしているとしか思えない。

「とにかく、今は考えるより行動よ。あの二人を止めないと」

真帆の言うとおりであった。

「そうだよ!あんなのが蘇っちゃったら、また、どこもかしこもメチャクチャになっちゃう!」

ねるの言葉に、真帆は頷く。

「私たちもすぐに向かうつもりだけど、人間の足じゃどうしたって敵わないわ」

茜や瑞穂のような妖魔は、人間の何倍ものスピードで動ける。そして茜と瑞穂は空さえ飛べることができる。

陽人はスピードは人間以上であるが、それ以外はほとんど人間同然、ねるは動物から変化した妖魔なので、空を飛ぶなどという芸当はできないが。

「あなたたちだけを先に行かせるのは、正直に言えば不安なんだけど」

「だーいじょうぶだよ、真帆ちゃん!だって、とりあえずは茜たちを止めればいいだけなんでしょ?」

ねるは真帆の不安を吹き飛ばそうとでも思っているのか、元気な声で言う。

「ええ、でも……会社にきた烏頭女とかいう女のこともあるわ。もしかしたら、あかねさんたちのことに何か、その女が関係しているのかもしれない」

「じゃあ、茜さんたちと会うのを妨害されるかもしれない……ってことですか?」

美波の疑問に、真帆は「可能性はあるわね」と答える。

「それでも……とにかく行かなきゃ!」

陽人が言うと、ねるは「うん!」と力強く頷く。そして、

「茜のバカっ!危ないって言ったのに!」

激昂したように言う。

「充分に気を付けるのよ。もしレイカさんたち以外の妖魔が絡んでいるのなら……」

と真帆が陽人を見る。

「魍魎を再封印できる、あなたちを狙ってくるはずだから」

「気を付けるよ」

陽人は頷く。

真帆の言うことは分かる。不安があるとすれば、気まぐれな陽人の力だ。血の封印のせいで上手くコントロールできない妖気……そこを突かれて集中攻撃されたらおしまいだ。

「小池さんは私たちと……」

「い、いえ、あの……」

美波は陽人とねるに顔を向ける。

「もし、その、連れて行ってもらえるなら私も……あ、でも、私、二人みたいに速く走れないからダメかな……足手まといになっちゃうかも……」

「そんなことないって。美波が一緒に来てくれるんなら、大助かりだ!」

葵を下ろせる美波がいれば、陽人としても助かる。

「でも、移動はどうすればいいの?」

真帆の言葉はもっともだ。美波は普通の人間だ。葵を下ろせば速く走れるのかもしれないが、封印の地に到着するまでに妖力が切れて葵を維持できなくなる可能性がある。

そうなったら、美波本人が言ったとおり陽人たちの足手まといになってしまう。

「わたしか陽人がおんぶしていけばいいよ」

「ああ、ちょっとガマンしてもらえればすぐだからさ」

「そうじゃな、美波も連れてゆけ」

と美波がするりと姿を現す。

「おんしら二人きりなど、危なっかしくて放っておけん」

「まあ、そうね」

美波の言葉に真帆は頷く。何か引っかかるものを感じた陽人だが、事実だから仕方なかった。

「よーし、ワシに任せろい!美波ちゃん、ワシにちーとあんよを見せてみ」

コマに言われ、美波は脚を差し出した。コマは美波の脚を前脚でペタペタと触った。

するとコマの足先から、美波の脚へと青白い光が走る。

「ワシの力を少し分けてやったぞい。これでちーとの間じゃが陽人たちと同じように速く走れるぞ、美波ちゃん」

「ほう、やるのう。ただのせくはら犬ではないようじゃな」

葵の言葉に、コマは「当たり前じゃ!」と返す。美波は「コマちゃん、ありがとー」とコマを抱きしめた。コマは見ていられないようなデレデレの顔になって、尻尾をパタパタと振った。

「じゃあ。これを持っていって。妖気を消す護符よ。これで大抵の妖魔には見つからずにすむはずだわ」

真帆は陽人たちに護符を渡す。陽人たちは封印の地を当然知っているが、今から向かうのでは茜たちに追いつくことは不可能だ。なので真帆は封印の地へと近道を教えた。

その道は安全でもあるらしい。陽人たちは、さっそく封印の地へと向かった。陽人とねるは速く走ることになれているが、美波はこれが始めてだ。自分で自分の走力を上手く制御できない。なのでねるに手を引いてもらって走っている状態だ。

茜が力を求めている理由は分かったが、それでも茜を止めなければならない。

魍魎は、茜が思っているほど甘い存在ではないのだから。

人間離れした走力のおかげで、すくまに魍魎が封印されている地の近くに到着した。茜たちの妖気は感じられない。陽人たちのように妖気を消しているのか、それともどこかで追い越したのか……追い越したのなら、それに越したことはなかった。陽人たちは真帆が教えてくれた、安全な近道……こんもりと茂った森の中へと入り込んだ。

道などない山の中を、ねるを先頭にして陽人たちは進む。ねるが枝を薙ぎ払って強引に道を作ってくれるので、陽人たちは楽であった。方位磁石をもったすずなが、途中途中でねるをナビゲートして、行く先が正しいか確認している。

太い枝をバキバキと折って道を作っているねるの顔に、何かが落ちてきた。

「あ……」

夜目が効く陽人は、ねるの顔に落ちたものが何なのかが見えた。そしてヤバイと思った。

ウゾウゾとねるの顔を這い回るもの……ムカデだ。「ひぎゃああああああっ!」というねるの悲鳴が山に響いた。ねるはパニック状態になり、両腕を振り回して暴走する。

「おい、ねる、止まれ!」

「ね、ねるちゃーん、待ってーっ!」

ねるが通った後は、木という木が薙ぎ倒されており、ちょっとした台風が通過した後のようであった。陽人と美波は慌ててねるの後を追う。

「ね、ねるちゃん、どうしちゃったの?」

「あいつ、ムカデだけはダメなんだよ」

昔、ねるは谷から落ちたことがある。運がいいのか悪いのか分からないが、落ちた先がムカデの海のような場所だった。ムカデたちがクッションになってねるは怪我をすることはなかったが、それがトラウマになってしまったようで、ねるはムカデだけは苦手になってしまった。

ねるは泣き叫びながら、やみくもに突進していく。おそらく、もう顔からはムカデは落ちているのだろうが、完全にパニック状態に陥っているねるは分かっていないのだろう。陽人は美波に方向を尋ねる。運がいいことに、ねるが突進しているのは封印の地の方であった。

とはいえ、このままねるを暴走させていたら、ねるの体力が尽きてしまう。そうなったら、いざという時に戦うことができなくなる。陽人はねるを止めるべく、近くに落ちていた太い枝を掴み、それを思いっきり投げた。それは見事にねるの後頭部にヒット。ねるは「ふぎゃっ!」と悲鳴を上げて倒れた。それでやっと、ねるの暴走は止まった。

ねるが落ち着いたところで先を進むが、ねるたちの行く手を遮るように妖魔たちが襲ってきた。陽人たちは、まさか、と思った。ここは安全な道のはず……真帆が魍魎に関する調査に来た時、妖魔の姿も気配もなかったとのことだ。

この先には封印されて眠っている魍魎がいる。もし万が一その封印が溶けたら、まず魍魎が食い荒らすのはこの付近の人や妖魔だ。そんなことを知らない近年の人間ならともかく、蹂躙の恐怖をハッキリと覚えている妖魔がわざわざこんなところに巣くうわけがない。だから、この道を進めば余計な足止めを食うことなく、封印の地に辿り着けるはずなのだ。

美波に下りて妖魔を退治していた葵は難しい顔で、

「妙な気がするのう」

と言う。

「妖魔がいるなど、真帆殿から聞いてはおらぬであろう。真帆殿が気付かなかった、真帆殿が違うるーとを通ったということはないじゃろう。この道は、真帆殿に教えてもろうた通りなのじゃから」

陽人は「だから何だよ?」と葵に聞く。

「何か引っかかると思うての……この手合いが何の意味もなく真帆殿を見逃したとも思えぬのじゃが……何かあると思うておいた方がよいじゃろう。わらわは一度美波から離れる。重々用心するのじゃぞ。よいな?」

いつまでも美波の体に下りていられない葵は、一度美波から離れた。葵に言われたとおり、用心して先に進もうとした時……ドオオン!と音を立てて爆発が陽人たちを襲った。ただの爆発ではない。妖力が込められた爆発だ。

「こ、今度は何だ!?」

陽人は切磋に身構える。

「なかなかやるじゃない……もう少し手こずるかと思っていたのに。残念……ふふっ」

陽人たちの目の前に、烏頭女が姿を見せた。今の爆発は、烏頭女が放った攻撃なのだろう。幽体状態の葵が姿を現し、「なるほど」と頷く。

「おんしが妖魔をけしかけておったのか……じゃが……おんし、なぜ我らの居場所が分かった!?」

陽人たちは妖気を消す護符を使っている。烏頭女が陽人たちに気付くはずがない。それなのに、烏頭女はピンポイントで陽人たちの居場所を察知した。葵が疑問を抱くのも当然であろう。

「あらあら、あれだけ賑やかに騒げば、いやでも分かるわよ」

烏頭女の言葉に、陽人と美波の視線がねるに向けられた。ムカデによるパニック……あの騒ぎでは、妖気を消していても意味がないだろう。だが、

「あの程度の騒動、真帆殿なら予見しておる。護符は我らの気配を完全に隠していたはずじゃ」

と葵は烏頭女の言葉を否定した。

「おんし、我らの進む道筋をあらかじめ知っておったのではないのか!?」

烏頭女は葵の言葉に答えず、ただ艶然とした笑みを浮かべるだけだ。と、木の陰から人影が二つ出てきた。一つは人型の妖魔、もう一つは、

「瑞穂っ!?」

陽人は目を見開いた。それは瑞穂であった。陽人は瑞穂の様子がおかしいことに気付いた。

瞳に、意志の光が感じられなかった。瑞穂は抜刀すると、

「うおおっ!?」

いきなり陽人に斬りかかってきた。陽人は寸のところで、瑞穂の刀を避けた。躊躇のない、本気の一撃であった。瑞穂は何度も刀を振る。陽人は瑞穂の攻撃を避け、あるいは五鈷杵で受け止めた。妖魔の方は美波に下りた葵とねるが退治する。

「あんたが瑞穂ちゃんにヘンなことしたんでしょ!許さないんだから!」

ねるは烏頭女に突進するが、烏頭女が放った攻撃で逆に吹き飛ばされてしまう。頑丈なねるだ。その程度では大したダメージを受けない。たが接近戦しかできないねるは、烏頭女に攻撃を当てることができない。葵の攻撃も烏頭女は難なく防御する。なんとか二人の援護に向かいたい陽人だが、瑞穂がそれを許してくれない。

(くそ……こうなったら、一か八かだっ!)

陽人は覚悟を決めた。

「瑞穂!もし痛くしたら……ごめんなっ!」

まるで人形のようになっている瑞穂に向かって叫んだ陽人は五鈷杵に妖力を集中させ、それを一気に放つ。魍魎の近くにいるためか、その攻撃はちゃんと瑞穂に当たった。

「ぐああああっ!」

吹き飛ぶ、地面を転がる瑞穂。転がりが止まった瑞穂はその場に蹲り、「げほ……げぼぉ!」と嘔吐する。嘔吐されたものは……虫だ。否……虫のように見える妖魔だ。

「陽人!それじゃ!それが瑞穂を操っておった元凶じゃ!」

烏頭女に攻撃を放ちながら葵が言う。陽人は虫のような妖魔を踏み潰した。虫を吐き出した瑞穂は、陽人の攻撃によるダメージのためか、意識を失う。陽人は瑞穂を木の幹に預けると、ねると葵の援護に向かった。三対一なら、いくら烏頭女が強くても余裕だと感じた。

そう思ったのは、ねるも葵もおなじのようだ。二人の顔に余裕の表情が浮かんだ。だが、烏頭女も余裕の表情を浮かべていた。烏頭女はサッと右腕を上げる。烏頭女の頭上に、何か黒いものが出現した。

「な……茜!?」

陽人は目を見開く。驚いたのは陽人だけではない。ねると葵もだ。

「な、なにあれ!?」

「ぬ……結界か」

意識を失っているようで、黒いなにかの中に閉じ込められている茜はピクリとも動かない。

「うふふ……手を出せるかしら?」

手を出したら茜がどうなるか……烏頭女は暗にそう言っているのだ。

「て、てめええっ!きたねえぞっ!」

陽人は叫ぶ。叫ぶことしかできない。茜を人質に取られていては、陽人たちは迂闊に攻撃することができない。たが烏頭女の方は違う。攻撃を連発する。陽人たちは防御することしかできない。陽人は葵に何とかできないか聞いてみたが、答えは難しいというものだった。茜を覆っている黒いものを破壊することは可能かもしれないが、確率はかなり低いとのことだ。失敗する確率の方が高いらしい。

「それはダメだ!」

茜の命が助からないのでは意味がない。

「で、あろうな」

葵は苦々しく頷いた。

「あははっ!ほらほら、どうするの!?」

烏頭女は笑いながら攻撃を続ける。

「くそおお!調子に乗りやがって!」

いつまでも防御し続けていられない。このままでは遅かれ早かれ、陽人たちは烏頭女の攻撃によって殺されてしまう。何とかならないのかと陽人が思った時だった……。

「っ!?」

陽人の視界の端を、何かが風の如き速さで通り過ぎた。それは……瑞穂だった。

「おおおおおおおおっ!」

瑞穂は雄叫びを上げて跳躍し、二刀を鮮やかに振る。

「しまった!」

烏頭女が叫ぶ。まさか瑞穂が動けるとは思っていなかったのだろう。瑞穂の刀が、茜を覆っている黒いものを斬り裂いた。茜が解放される。

「どうして……あのダメージじゃ、そんな動きはとても……!?」

思いもかけなかったことに、烏頭女は完全に反撃を忘れている。陽人が放った攻撃は、魍魎の影響で強くなっている。その強い攻撃を受けて大きなダメージを食らった瑞穂が、すぐに動けるはずがなかった。

だが現に瑞穂は動き、解放された茜を抱きかかえて着地していた。

「皆、すまぬ……」

瑞穂は陽人たちに謝り、抱きかかえた瑞穂を庇うような姿勢をとった。そして、

「ねる殿に……助けられた……」

と言う。しかしねるは、瑞穂を助けた憶えがないので、きょとんとした顔になる。だが、葵は納得したような顔になる。

「そうか……いつぞやの、真帆殿の魔具か……!」

「そう……らしい……」

陽人も納得がいった。いつかねるがチョコと勘違いして瑞穂に食べさせたものだ。よほどの状態にならないと発動せず、ほんの僅かだけ力が戻る魔具……陽人の攻撃なよって瑞穂は、よほどの状態になり、魔具が効果を発して……瑞穂は茜を救うことができたのだ。

「女……貴様、よくも……」

瑞穂は怒りが込められた瞳で烏頭女を睨んだ後に、「うっ……」と声を発してまた意識を失ってしまった。烏頭女は忌々しそうに瑞穂と茜に攻撃を放つが、急いで駆けつけた陽人たちがそれを防いで二人を護る。

「人質さえいなければ!」

陽人は攻撃を放つ。茜が人質になっていなければ、遠慮せずに攻撃できる。

「許さないんだからああっ!」

ねるは烏頭女に殴りかかり、葵は呪符を放つ。だが、その攻撃も防御されてしまい、烏頭女にはダメージを与えられない。

「せめて腕の一本でも封印できれば……」

葵がそう言った時だった、

「みんな、どいて!」

という女性の声が聞こえた。それと同時に何かが飛んでくる。それは
烏頭女の片方の手首にリング状になって、ガッチリとはまった。途端に、烏頭女の攻撃がやんだ。

「これは……簡易結界!?仲間か!?」

烏頭女は忌々しそうに言う。手首にはまったリング……それが烏頭女の攻撃を封じたようだ。陽人たちは、それが飛んできた方に顔を向けた。そこには若菜と一成がいた。二人とも肩で息をしている。ここまで走ってきたようだ。簡易結界を放ったのは、若菜だろう。

「間に合ってよかった……」

若菜は額の汗を拭って言う。

「みんな、大丈夫!?」

「大丈夫かい!?遅くなってすまない!」

瑞穂と一成は陽人たちの元に駆け寄ってくる。陽人は真帆の姿がないことに疑問を抱いた。真帆は安全な道だと、この道を陽人たちに教えた。しかし、実際は安全ではなかった。

まさか、と陽人は思った。だが、考えるのは後回しにすることにした。まずは烏頭女を何とかするのが先だった。瑞穂と茜のことを若菜と一成に頼み、陽人たちは烏頭女を攻撃する。一成と若菜は瑞穂と茜の元に向かう。ヒーリングの能力を持つ若菜が来てくれたことは、とても助かることだ。若菜の力で、瑞穂と茜は回復する。

その時、瑞穂が意識を取り戻した。そして若菜に向かって「来るな!」と叫び、同時に「若菜は危険よ!」という真帆の叫びも聞こえた。真帆が片方の足を引きずりながら走ってくるのが見えた。陽人は慌てて頭を低くした。前と後ろから攻撃が飛んでくる。真帆の言葉がなかったら、まともに食らっていたところだ。前からの攻撃は烏頭女のものだ。だが後ろからの攻撃は……。

「何じゃ!?」

「若菜ちゃん!?」

葵とねるは後ろから攻撃を放った者に顔を向ける。後ろから攻撃を放ったのは、若菜だった。だが、今の攻撃は瑞穂が放ったものとは思えなかった。若菜は攻撃は不得意だ。

強力な攻撃が放てるほどの妖力を、若菜は持ち合わせていない。

「わ、若菜……」

一成が呆然としたように呟く。烏頭女と若菜は同時に攻撃を放つ。陽人たちは混乱する。

なぜ若菜が自分たちに攻撃してくるのか理解できない。

「なんで若菜さんが!?」

「若菜ちゃんも、瑞穂ちゃんみたいに操られているの!?」

混乱する陽人とねるたちに若菜は「逃げないで」と虚ろな声で言う。烏頭女は跳躍し、若菜の傍に立つ。二人の姿がユラユラと陽炎のように揺れた。

「はわわ……陽人、なんかヘンだよお!?」

ねるが声を上げる。

「気を抜かないで!」

真帆が厳しい声を上げながら、陽人たちのところに駆けつけてきた。

「ぜへ、ぜへっ……まったく、年寄りにはキツいわい……」

真帆の後ろにはコマもついてきていた。真帆もコマも、かなり消耗しているようだ。

「真帆さん!何がどうなっているんだよ!?」

陽人は疑問を真帆に投げかける。真帆がわざと危険な道を教えたのかと思った陽人だが、どうやらそうではないらしい。

「真帆ちゃん……足止めできなかったのね……」

烏頭女と若菜、二人同時に言う。

「真帆はのう、前々からうすうすと疑っとったんじゃ、若菜ちゃんのことをのう」

コマが言う。陽人たちは余計に混乱する。

「真帆、どういうことだ?まさか若菜がそんな……」

一成は愕然とした感じで言う。

「まさかって、私も思ってたわ……でも……」

真帆は静かに眉を寄せる。

「真帆ちゃん……こんなことなら……もっとしっかり、痛めつけておけばよかった」

若菜は薄く笑みを浮かべて言う。若菜が浮かべるような表情ではなく、そして若菜が言うような言葉ではない。

「ここに来る前……一成、あなたを先に行かせて……若菜は私を襲った……私が若菜を疑っていると気付いて……」

真帆は若菜と烏頭女に向けて攻撃を放つ。だがそれは、二人が放つ妖気の波動によって掻き消されてしまう。烏頭女の体が粒子と化し、それは若菜の中に吸収された。

「ごめんね……みんな……でも、こうしないと、あの人が……あの人が生き返らないの!」

瑞穂が攻撃を放つ。強力な妖力が込められた攻撃。葵が切磋に結界を張り、その攻撃を防ぐ。若菜は連続して攻撃を放つ。葵の結界は今にも破壊されてしまいそうだ。

その時、瑞穂が立ち上がり、

「はああっ!」

と気合を発して刀を振った。刀の峰が、若菜の腹部にメリ込んだ。身を折り曲げた若菜の口から、何かが吐き出される。瑞穂と同じ虫だ。だが瑞穂のものより大きく、胎児のような形をしていた。まるで、若菜の中で育っていたかのように……。虫を吐き出した若菜が倒れそうになる。それを「若菜っ!」と一成が支えた。そして若菜は意識を失った。











真帆と一成の手で、陽人たちは手当を受けた。茜も意識を取り戻していた。

「じゃあ、あなたも見たのね……瑞穂さん、若菜の姿を」

「ああ……」

真帆の言葉に瑞穂は頷く。一息つき、陽人たちはお互いの情報を交換し合っていく。瑞穂は烏頭女が茜に自分の仲間にならないかと誘ってきたことを告げる。

「なぜあの女が茜の目的を熟知していたのか不思議だった……そして、あの女が若菜殿の姿になるのを見た……幻かと思ったが……違ったようだな。本当に若菜殿だったとは……」

瑞穂は烏頭女……若菜が魍魎の魂を見せたことも告げた。瑞穂がそれらを告げている間、茜はそっぽを向いていた。魍魎の魂を若菜が抜き取ったことに、真帆たちは驚く。それは陽人たちも同じだ。下級の妖魔ならともかく、魍魎の魂など簡単には抜き取れない。

「あれは本物の魍魎の魂……間違いありませんわ」

そっぽを向いたまま茜は言う。

「茜は女と手を組むふりをして……」

「魍魎の魂を奪おうとしたわけね」

真帆の言葉に瑞穂は頷く。

「しかし私は、茜にそのようなことをさせたくなかった……だから魍魎の魂を破壊しようとした……だが」

烏頭女が若菜の姿になったことに動揺し、虫を植え付けられてしまったと瑞穂は言う。

「意識は操られていたが、記憶はある……皆、すまぬことをした……私が未熟なばかりに」

「気にするなよ瑞穂。みんな、こうして無事だったんだから」

陽人は笑顔で、顔を曇らせる瑞穂に言う。

「あの女……魍魎を蘇らせるために、妖力が必用だと言ってましたわ」

何とか妖力が回復したらしい茜が言う。

「魍魎の封印を破るには妖力が必用なのだろう……」

瑞穂はもう一度言葉を切り、

「だから、陽人殿を襲うように、若菜殿は私に命じた」

と言う。

「あなた方の妖力を魍魎復活のための、養分にしようとしたんですわ。わたくしは、他の妖魔や他人の妖力を奪ってまで魍魎を復活させたくなどありませんわ」

茜は苛立ったような口調で言う。他人の力を奪ってまで大きな力を得るというのは、どうやら茜のポリシーに反するらしい。茜の言葉を聞いて真帆は少しだけホッとしたように表情を緩めた。

「じゃあ、茜さんも一緒に来てくれるんですね?」

美波は笑顔を浮かべて言う。

「ま、まあ……そうしてさしあげても、よろしくってよ」

「良かった、助かるわ茜さん」

真帆も笑みを浮かべて言う。もう茜には魍魎を復活させる気がないと感じたのだろう。

「茜と瑞穂ちゃんが帰ってきてくれてよかったあ」

ねるは心底ホッとしたような顔で言う。何やかんや言いながらも、ねるは茜のことを嫌っていないようだ。茜は顔を赤くさせる。

「本当に迷惑をかけた。申し訳ないことをした」

改めて瑞穂が口を開く。

「挽回と言って、軽輩の身、何ができるとも思えぬが、一意専心、皆の護衛に……」

「もういいって!瑞穂は本当に真面目だなあ」

陽人は苦笑する。瑞穂らしいと言えば瑞穂らしい。

「そうですよ、私たちは……瑞穂さんが戻ってきてくれただけで嬉しいんですから」

美波は笑顔で言う。

陽人たちの言葉に、瑞穂も少しだけ口元を緩めた。

「今回のことでは……」

茜は憮然とした顔で、ゆっくりと口を開く。

「迷惑を……かけましたわ」

茜が謝罪の言葉を口にしたので、陽人たちは驚いた顔で絶句してしまう。

「な、何ですの!あなたたち、その態度は!?」

「ああ、いや……珍しいと思って……」

陽人はまだ信じられないという口調で言う。

「まだ終わったわけじゃないわよ」

真帆が真剣な面持ちで言う。

「若菜を調べたけど、魍魎の魂がないわ……それに、若菜をあんな風にした者が誰なのかも分かっていないんだから」

若菜のことは一成とコマに任せ、陽人たちは魍魎が封印されている場所へと向かった。

誰が瑞穂をあのようにしたのか気になるが、今は魍魎の再封印が先決であった。今以上に封印を強固にする……若菜のことを考えるのは、その後であった。











妖魔の妨害があるかと思ったが、その地には拍子抜けするほど簡単に着いた。

山はとても静かであった。

そこに近づくにつれ口数が少なくなっていた陽人たちだが、その岩を前にした今は本当に黙り込んでしまっていた。

しめ縄と札に守られた岩。よく見ると岩の表面には何かで傷をつけ、岩を壊そうとしたかのような無数の痕跡があった。この下に魍魎がいる……そう思うと、陽人は何だかおかしな気分になった。

今回の騒動の大元……元凶……。

陽人は場所こそ知れど、一度もここに来たことはなかった。だから、父親と対峙するのはこれが初めてであった。

岩からは強烈な妖気が漏れている。妖気を活発化させたり、復活させるほどの妖気に、みんな寒気を感じているかのようだ。茜は顔を青ざめている。自分が何を使役しようとしていたのか、漏れている妖気から感じたのだろう。そして、思い違いに気付いたのだろう。

「ねる、さっさとかたづけるぞ」

「うん!」

陽人はねるの手を握る。ねるの手は、元気な声とは裏腹に微かに震えていた。だが陽人が握る力を強めると、ねるの震えは止まった。

封印を再び施すため、二人で岩に向かった時、

「危ない!」

という真帆の鮮烈な声が響いた。陽人とねるは考えるよりも先に、左右にパッと跳ね飛んだ。ドオオン!と音を立てて、陽人たちが立っていた場所が爆撃された。

「なんですの!?」

茜たちは妖波が飛んできた方向に向き直った。

そこにいたのは……、

「一成っ!?」

真帆は目を見開く。一成だった。だが、様子がおかしかった。いつもの一成ではない。

「一成……若菜は!?」

陽人たちを一別しながら、一成はゆっくりと歩いてくる。

「若菜か……残りカスの妖力でも使えないことはないから……ちょっとね、搾り取ってきた」

ほら、と一成は手を差し出す。そこに白い妖気が浮かぶ。見ているだけで、温かくなるような妖気だ。

ひょこひょこと不安定な足取りで、コマが真帆の元に駆け寄ってくる。

「真帆……そいつに気を付けろ!」

見ればコマはボロボロで、妖力を搾り取られているようだ。

「何だ、まだ動けたのかい。しぶといね」

「小僧が!ワシをなめるでないわ!」

「何だよ……どういうことだよ!?」

訳が分からず、陽人は叫ぶ。

「もうたくさんだ!仲間が操られたり、仲間と戦ったり、もうゴメンだぞ!」

「違うぞ陽人!こやつは操られてなどおらぬ!」

コマの言葉に、陽人たちの間に動揺が走る。

「妖力を集めているのは僕さ。コマくん、強力ありがとう」

「一成……若菜を烏頭女にしたのは……」

「当たり」

そう言って一成は眼鏡を外し、放り投げた。陽人は一成から、醜悪な……胸がムカムカするような妖気を感じた。

「茜くんも瑞穂くんも、もう少し役に立ってくれると思ったのになあ」

「若菜に……何をしたの!?何を言ったの!?」

真帆は叫ぶように言う。

「貴明を……夫を生き返らせてやるって言ったら、簡単にキミらを裏切ったよ。バカな女だねえ」

一成の答えに、真帆は絶句する。それは陽人たちも同じだ。そして、怒りの表情を同時に浮かべ、一成を睨んだ。

「おいおい、どうしてキミたちが怒るんだい?先に裏切ったのは若菜じゃないか。あんな女、どうなったっていいだろう?」

「どうして!?」

耐えきれなくなったように、真帆が叫ぶ。

「あなた……若菜のこと、好きだったんでしょう!?」

「そう見えたんだ……だったら、まんざらでもなかったんだなあ……僕の人間としての演技も」

そう言って一成は「くっくっく」と笑う。

「あなた……妖魔ですのね」

「同類、というわけか」

茜と瑞穂の言葉に、真帆は「そんな……」と言葉を震わせる。

陽人たちの目の前で、一成は表情を変えた。優しい一成の表情はそこにはない。あるのは冷たい表情だ。

「随分待ったんだよ。時が満ちるまで……封印の下で魍魎の力が充分に復活するまで。あの時は参ったよ。まさか連中がこんな強固な封印を施すなんて思わなかった」

「あの時って……あの戦いのことか……?」

そう言う陽人に、一成は顔を向ける。

「僕が魂を持っていたことに連中が気付かなかったのは幸運だったな。連中は魍魎が自分の意志で暴れていたと思っていたみたいだけど。まあ、そのおかげで、のんびり待つことができた。暇潰しに人間のフリをして遊ぶのも面白かったよ。でも、頃合いだ。もうバカげた人間どもに付き合うのも、飽きてきたんだ」

魍魎が暴れたのは魍魎の意志ではなく、一成が操っていた……そののことに、陽人たちは愕然となった。あの大戦は、一成が起こしたというのか?一成の全身から強烈な妖気が放たれる。封印されている魍魎の妖気と一成の妖気が、陽人たちを包んでいく。

「あと少し妖力を与えれば、魍魎は復活できる。陽人くん、キミなら父上のいいエサになるだろう」

「てめえ……」

二つの強烈な妖気で全身を裂かれそうな錯覚を抱きながら、陽人は一成を睨む。

「そんなことして、何が望みなんだよ!?何がしたいんだよ!?あんなもの復活させて!?」

一成は冷たい表情を強くして答える。

「破壊さ……破壊と、それから再生……けれど、再生のためには、まず破壊だ」

言いながら一成は腕を振る。衝撃波が放たれ、真帆とコマが吹き飛ばされた。木の幹に激突した真帆の体がから、妖気が吸い取られていく。妖気を吸われながらも、真帆は一成を睨む。

「よくも若菜を……許せない……許せない!」

「なるほど、許せぬの。外道すぎる」

いつの間にか美波に下りた葵が言う。茜はウルファートを召喚し、瑞穂は、

「久々だ、これほどまでに怒りを感じたのは」

声に怒りを宿らせて刀を抜いた。一成は滑稽だと言わんばかりに笑う。

「面白いねえ。けれど、みっともない。素直に養分になっていればいいのにねえ。目障りなんだ……さかしらぶった人間たちも、何もかも……待っている間に、こんなにも目障りなものが地上に増えてしまった……壊さなきゃね!」

一成の全身から、妖気の衝撃波が放たれる。陽人は咄嗟に傍らのねるを引き寄せ、一緒に地に伏せた。間一髪……強烈な衝撃が陽人の背の上を通過していった。衝撃は、周囲の木々を薙ぎ倒していく。今の衝撃波をまともに食らっていたら、無事ではすまなかっただろう。伏せたまま陽人は顔を上げ、みんなはどうなったか確かめる。木の幹にぶつかってダメージを受けた真帆をはじめ、皆、今の一撃をどうにかかわしたようだ。

「このお……もう許さないんだからああー!」

立ち上がったねるは一成に殴りかかろうとするが、

「きゃあああっ!」

ねるの太腿を触手が貫いた。ねるの太腿を貫いたのは、一成の背から生えた触手だ。何本も生えた触手は一成を攻撃しようとしていた瑞穂や美波たちの脚や肩を貫いていく。

「みんな!がっ!」

触手は、立ち上がった陽人の胸も貫いた。焼けつくような感覚と痺れが、心臓の中心に感じられる。魍魎の近くにいて、妖力が上がっていなければ即死していた一撃だ。傷つき、倒れていく瑞穂たちを見て、一成はつまらなそうに鼻を鳴らす。

「もう少し楽しめばよかったかな
あ」

嘲笑混じりの一成の言葉と、瑞穂たちの苦痛の呻きが陽人の耳に届く。だが、それも次第に遠くなり、目の前が暗くなってきた。

「まあでも、これだけの妖気をもらえれば万全だ」

一成は瑞穂たちを貫いた触手から妖気を吸収しているらしい。

「キミたちにも魍魎の復活を見せてあげたかったけど……特に、陽人くん、キミにはねえ……くく、くくくっ……」

このまま何もできずに死ぬのかと思った時、

「緑の風……闇を払え……」

どこからか、若菜の声が聞こえてきた。それと同時に陽人は体の中に温かくて清浄な気配が流れ込んでくるのを感じた。

「清き月光の……ささやき……魔を退け……休息を与えよ……」

陽人は霞む視界の中、自分やねるたちの体がキラキラと輝く妖気の粒に覆われていくのを見た。そして、木の幹に寄りかかっている若菜の姿も……。一成は癒やしの力を使った若菜を忌々しげに睨んだ。

「まだそんな力が残って……いや、そうか、自分の命を削ったのか、お前……」

「ごめん……ね……」

涙を零しながら呟いた若菜は、ドサリと倒れる。

「みんな……ごめんね……」

「目障りな女だ。使えもしない、役に立たない女が!」

若菜を攻撃しようと一成に、真帆が放った攻撃が炸裂する。だが、一成は無傷だ。

「あなたとは……」

真帆は静かな口調で言う。

「もう十年以上の付き合いになるわね……なのに妖魔だなんて気付かなかった……若菜に酷いことをしていたなんて気付かなかった」

静かだが、真帆の声には怒りが含まれている。友人である若菜がもてあそばれた……そのことが許せないのだろう。優しい若菜を、夫を生き返らせると騙し、魍魎復活のための道具として使った……それを思った陽人は、何かフツフツと熱いものが込み上げてくるのが分かった。それが、初めて抱く殺意なのだと意識した。いま陽人は、一成に対して殺意を抱いていた。

若菜を利用した一成を許せないのは、瑞穂たちも同じようだ。一斉に攻撃するが、一成にダメージは与えられない。逆に一成の攻撃によってダメージを受けてしまう。葵の結界も完全には一成の攻撃を防げない。せっかく若菜が命を削ってまで癒やしてくれたというのに、みんなのダメージは蓄積していく一方だ。

魍魎を復活させ、それを操り、人や妖魔関係なく蹂躙し、世界を破壊しようとする男を野放しにはできない……そう思った陽人は、

「ねる……頼みがある」

静かにねるに告げた。

「俺の封印を解いてくれ……お前ならそれを知っているだろう」

その言葉に、ねるは目を見開いた。

「だ、だめだよ!だって、爺ちゃんが絶対に陽人の封印は解くなって……」

陽人たちは何を言ってるのか……瑞穂たちの視線が集まる。

「封印を解けば、確かにどうなるか俺にも分からない……元の俺に戻れるか分からない……それに今の俺は人間同様だ……肉体も精神も壊れてしまうかもしれない……けれど、あいつを倒すには、それしか手がない」

「そんなのダメだもん!は、陽人が……死んじゃう……メチャクチャになっちゃう」

「ねる!それしか手がないんだ!もし俺が暴走して、みんなに危害を加えるようなことがあったら……俺の体を壊してくれればいい……俺の体にはねるの爺ちゃんが埋め込んだ呪石があるんだろ?ねるはそれを発動させる呪文を知っているんだろ?頼むよ、ねる」

ねるの髪を撫で、陽人は真帆たちを見回す。

「俺、真帆さんに拾ってもらってよかったよ。みんなに出会えたし……楽しかった。俺は、みんなを護りたい」

笑顔を浮かべて言う陽人は、ねるに顔を向ける。ねるは泣きながら頷く。ねるも、もう手段はそれしかないと感じたのだろう。

「みんな、すまない!俺の封印が解けるまで時間を稼いでくれ!」

真帆たちは最後の戦いだと言わんばかりに、一成に攻撃を仕掛ける。

「目覚めよ……」

攻撃や防御の音が響く中、ねるは静かに呪文を唱える。

「眠りし力……その脈動を再びはじめよ……解き放て、顕現(けんげん)せよ……真の姿を……現せっ!」

ねるの呪文により、陽人は体の中の血が沸騰するような感覚を受けた。そして、陽人という自分の意識が、何かに塗りつぶされていくのも分かった。

「う……がああああああああ!」

陽人は咆哮を上げた。その肉体がベキベキと音を立てて変化していく。瞳が赤くなり、肉体は肥大化し、全身の皮膚が緑色になり、耳まで裂けた口の中は牙だらけになり、手には鋭い鉤爪が生える。禍々しいとしか言えない姿……陽人の本来の姿……もう一体の魍魎。

「こ、これは……!?」

一成は驚愕したように目を見開く。

「まさか……こいつに、こんな力が……」

陽人から放たれているようきは、とてつもなく強力なものであった。魍魎に匹敵するほどの……。これは、一成にとっても予想外だったのだろう。陽人が魍魎の息子であることは知っていたが、ここまでの力があるとは思っていなかったのだろう。陽人は咆哮を轟かせながら、一成に突進する。

一成は攻撃を放つが、陽人はダメージを受けない。

「は、ははは……これは素晴らしい!魍魎を復活させなくても、こいつを使えば……」

陽人は瞬時に一成との距離を縮めた。陽人の魂を抜き取り、操ろうと考えていた一成は油断していた。陽人の腕が、

「えっ!?」

一成の胸を貫いていた。一成は信じられないという顔で、自分の胸を見る。胸を中心に、一成の体が崩壊していく。

「う、ウソだ……あ、あはは……ウソだ……僕が……あはは……」

一成の体は、どんどん崩れていく。狂ったように笑った後、

「消滅するのか……僕は……」

冷静な口調で言う。その顔は、妖魔としての一成ではなかった。人間・一成の顔になっていた。陽人の腕が、一成の体から抜かれる。血で染まった陽人の手は、何かを握っていた。それは一成の魂なのだろう。陽人はそれを握り潰した。

「真帆……若菜……それなり……悪くなかったよ……」

一成の体は完全に消滅した。一成が魂すらも残さず消滅したのを見て、真帆たちはホッとしたが、

「まだじゃ!」

という葵の激しい声でハッとなる。

「ぐおおおおおおおっ!」

一成を消滅させた陽人は、雄叫びを上げ、暴れていたと。足で地面を抉り、腕で木々を薙ぎ倒していく。

「陽人!」

ねるの呼びかけに、「グルルルルッ」と喉を鳴らし陽人はねるたちを睨んだ。いつしか、陽人の姿は伝承にある魍魎のものになっていた。人とも獣とも取れない、異様な姿に。

ねるたちを見つめる瞳には、理性の光がない。ねるたちを見る目は、獲物を見る目だ。

陽人は完全に、魍魎と化していた。

「陽人!陽人!もう終わったよ!元に戻っていいんだよ!」

ねるは声を振り絞って陽人に叫ぶ。しかし、その叫びは今の陽人にとって怯えた獲物の鳴き声にしか聞こえなかった。

「グルルウウルルルルウウウッ!」

真帆が、瑞穂が、茜が、葵が陽人の名を叫ぶが、陽人は獣のような声を上げるだけだ。

「ねる、手立ては!?」

葵が問う。陽人は彼女たちを食らおうとでも思っているのか、牙を剥き出しにして駆けてくる。

「陽人自信が理性を取り戻すか……体内の呪石を……」

ねるが答えている間に陽人は接近し、鋭い鉤爪が生えた前足を振る。

「ねる殿!」

瑞穂がねるを抱え、飛び伏せる。瑞穂が動けなかったら、ねるは頭を吹き飛ばされていただろう。ねるを仕留め損ねた陽人は真帆や茜に襲いかかる。襲いかかってくるのは、魍魎と化しているが、陽人だ。真帆たちは攻撃できない。陽人は自分が暴走したら、自分の体を破壊するように言った。だが、ねるはそれができない。陽人を死なせたくなかった。助けたかった。だが、ねるはそれができない。陽人を死なせたくなかった。助けたかった。だが、手立てがない。

その時、

「ねる……ちゃん……」

フラフラと若菜がねるの元に歩み寄ってくる。

「これを……」

ねるに何かを渡し、瑞穂は倒れた。ねるに渡されたもの、それは……、

「魍魎の魂!?」

茜と瑞穂が同時に声を上げる。

「さっき……か、一成くんの……体から……一成くんは、これに妖気を吸い上げて……だから……」

若菜の言葉に真帆はハッとなった。

「その魂に……陽人くんの魍魎としての妖力を吸わせることができるかもしれない!妖力を吸い上げた後はねるさんが魂を封印してくれれば!」

「魍魎の封印みたいに?」

真帆は頷く。

ねるは頷く。

「陽人くんの魍魎としての妖力を吸う……それは人間にはできないかもしれない……けれど、妖魔であるねるさん……あなたなら……陽人くんを救えるかもしれない」

「わたし……やってみる!陽人を救うために!」

「みんな!陽人の動きを止めて!」

真帆に言われ、瑞穂たちは陽人の動きを止めるための攻撃を放つ。瑞穂たちの攻撃によって動きを封じられている陽人に、ねるは魍魎の魂を持った手を差し出した。

「陽人……お願い!帰ってきて!」

ねるの祈りに呼応するかのように、魍魎の魂が光を放つ。その光は陽人を覆い、そして、陽人の中から何かを吸い上げていった。それは、魍魎の妖力……。

「陽人おおおおおおおっ!」

山に、ねるの叫びが響いた……。











あれから数年が経過した。陽人はねると一緒に人の街を離れ、山々を点々として暮らしていた。魍魎の魂を使い、陽人から魍魎の妖力を奪うことは成功した。魍魎は再封印され、魂はその時に一緒に封印された。魍魎としての妖力を吸われた際、陽人自身の妖力もかなり吸われてしまった。もう力は残っておらず、今の陽人は人間と変わりがない。

力を失ったので退治屋で働けるわけがなく、陽人は山に戻ることにした。本当は一人で戻るつもりでいたが、ねるもついてきた。

『いつまても一緒だよ。わたしが陽人を護るんだもん』

そう笑顔で言って。それからは、二人で静かに山で暮らしていた。風の噂で美波は一人前になり、実家に戻ったと聞いた。茜と瑞穂はどこかに旅立ったらしい。きっと茜は、今でも理想の実現のために頑張っているのだろうと陽人は思った。

真帆と若菜は二人きりで会社を経営しているらしい。二人で寄り添うように……。

「ねえ、陽人。みんな元気かなあ」

青空を見上げながらねるは言う。

「ああ、きっとな」

答えた後、陽人は「なあ」とねるに顔を向ける。まだ数年……だが、もう何十年も会っていないような感覚があった。

「今度さ……真帆さんのところ、行ってみようか」

何となく、真帆さんたちに会いたい……久しぶりに顔を見たいという気持ちが陽人にはあった。それはねるも同じらしい。笑顔で、

「うん!行こう!」

と顔を輝かせて答えた。

「ああ、行こう」

ねるの手を握って、陽人は微笑んだ。













帰ってきた暴動 ( 2024/10/26(土) 03:33 )