長濱ねる登場♪有名エロゲーを実写ドラマ化しちゃいました♪ B
第三章 それぞれの思惑
妖魔退治を終えた陽人たちは、会社へと戻った。
「戻りましたわ」
先頭に立って会社に入った茜の胸に、
「おほぉおおおおっ、待っておったぞー茜ちゃーああんっ!怪我せんかったかのおおっ!?」
コマがいきなり飛び込んできた。茜は「きゃああっ!」と悲鳴を上げる。
「な、何をなさいますのっ!このセクハラ犬っ!」
茜はコマの首根っこを掴み、放り投げた。
「わふんっ!」
ベシイッと床に叩き付けられるコマ。
「たっだいまー!ばっちり退治してきたよー!」
元気な声で言うねる。
「おかえりなさい」
と声をかけたのは真帆だ。コマがいるのだから当然、真帆もいる。
「その顔だと、上手くいったみたいね。報告を聞かせてくれる?」
真帆の言葉に、ねるは「はーいっ!」と元気に返事をする。報告する前に、陽人は真帆に「今日はどこ行ってたんですか?」と問う。
「ちょっと調べ物にね」
「何か、よからぬことでも?」
真帆の返事に、瑞穂は僅かに顔を険しくして聞く。
「うーん……まだもう少し、詳しい調査が必要みたいなんだけど」
少し苦笑しながら、真帆は話をぼかした。まだ自分たちに話せるほどのことは掴めていないのかと、陽人は思った。何となく不安な気分になって、陽人たちは顔を見合わせた。
それから真帆に、廃病院のことを報告した──。
「はー!今日は働いたねーっ!」
「ねるちゃん、今日かっこよかったー」
帰り道、美波の言葉にねるは「えっへへへー」と得意げに笑う。ねるはご満悦のようだ。二日続けての仕事の失敗……その後の成功だからだろう。陽人の方も嬉しかった。だが、真帆の態度が気になっていた。
「ねーねー陽人!」
考え込んでいた陽人は、ねるの声に「あ……?」と顔を上げたその時、
「っ!?」
グラッと視界が歪んだ。そして「オォオオオォォッォ……」と頭の中に何かの声が反響した。ギクッとして、陽人は立ちすくんだ。
(まただ……また、この感じ……)
今度こそ正体を突き止めようと、陽人は神経を張り詰める。だが、じきにその声は鳴りやんでしまった。後は嘘のようにシィィンと静まり返った夜の闇だけ……。
「陽人くん、どうしたの?」
陽人自信は気づいていないようだが、険しい顔付きになっているのだろう。美波が心配そうに声をかける。ねるも「陽人?」と怪訝そうに声をかけた。
「あ、いや……」
陽人は曖昧に返事をする。誰かに呼ばれたような気がした……あの声は、自分を呼んでいると陽人は感じた。
「あ、あの……陽人くん、大丈夫?」
美波の言葉に、陽人は笑顔で「平気平気」と返す。美波に心配をさせたくないから。
妖魔と戦った後で、気が張り詰めていたのだろう……先ほどの声のようなものは、きっと気のせいだったに違いないと、陽人は思った。
翌日は学校は休みだった。そんな日はだいたい、昼過ぎから会社に集まることになっている。仕事のない日はあらかじめ来なくていいという連絡がはいるのだが、今日は仕事があるようであった。
「ああ、ご苦労様」
会社にやったきた陽人たちの姿を見て、真帆は声をかけた。茜と瑞穂は既に来ていた。
陽人は真帆に「今日は何?」と聞く。すると真帆は表情を曇らせた。陽人、ねる、美波の三人は顔を見合わせると、とりあえずソファに腰を下ろした。
「今日の仕事だけど」
真帆は陽人たちがソファに腰を下ろしたのを見て、口を開いた。
「あれから色々と調べてみたんだけどね」
真帆が調べてみたこととは、この間から言っている問題……細かな事件の頻発であろう。
「少し、その……厄介なことになりそうでね」
一成は浮かない顔で言う。
「真帆ちゃん、これから……組織の方に行ってくるんですって」
若菜の言葉に陽人たちは「組織!?」と僅かにざわついた。ここにいる全員が、真帆が行こうとしている組織に対していい感情を持っていないからだ。
「組織って……前に真帆先生たちがいた所ですよね」
おずおずと、美波が尋ねる。
「悪い妖魔だけじゃなくって、いい妖魔まで一緒くたに滅ぼしちゃえってトコでしょ!?」
ねるは興奮し、耳と尻尾をピーンと立てて言う。
「ふむ、割合昔からある集団のようじゃがな。近頃はとんと行儀が悪うなったわ」
葵が首をすくめながら言った。
「下品な人間の考えそうなことですわ。これだから嫌ですのよ」
自分専用の椅子に座っている茜が、胸の前で腕を組んで心底嫌そうに言う。
「さっさと私のような高等種が、人も妖魔も支配してさしあげるべきですのに……」
そして、また危険な発言をする茜。
「して、その組織に何を?」
瑞穂は真帆に問う。
「情報収集、今でも付き合いのある組織の人間は何人かいるんだけど……上層部の人間に会わないと、どうもラチがあかなくて……」
「ってことは……そんなトコまで調べに行かなきゃいけないような大事ってこと?」
陽人の言葉に真帆は「それは、まだ分からないわ」と答える。そこまでするということは、それなりの可能性があるということなのだろう、と陽人は思った。そう思ったのは、陽人だけではないだろう。瑞穂たちも思っているはずだ。
「で、今日はね」
と、真帆は話を切り替えるように言う。
「この間の仕事の場所に、もう一度行ってみてほしいの」
「この間からのって、どういうこと?」
ねるが問う。それに答えるのは一成だ。
「ここ数日の間、妖魔を払った場所にね。おかしな……その臭跡っていうのかな?それが残ってないか、見てきてほしいんだよ」
「しゅうせき?」
ねるは首を傾げる。
「要するに、じゃ」
葵が、
「妙な気配が残っておらぬか調べろ、ということじゃな」
とねるにも分かるように言う。真帆は「そういうこと」と頷く。ねるはまだ何となく納得できていないようだったが、
「要するに、見回りすればいいんだよね?」
自分なりに噛み砕いて解釈したようだった。
「最近って言っても……どのくらいまで遡ればいいんですか?」
美波の質問に一成は「ここ二、三日でいいんだ」と答える。
「ということは、昨日の廃病院と……」
それまで黙って話を聞いていた茜が口を開く。
「わたくしと瑞穂が行った場所ですわね」
「後は俺たちの学校だな」
と陽人。陽人たちが学校で妖魔を退治したのも、ここ二、三日のつちだ。
「そうだね。よろしく頼むよ」
「私は、今夜は遅くなりそうだから報告は明日でいいわ。調査が終わったらそれぞれ自宅に戻ってちょうだい」
真帆の言葉にねるは「はーいっ!」と返事をする。そして陽人たちは調査へと向かった。
陽人たちが会社を後にすると、
「どうするんだい、真帆?」
と一成が真帆に聞く。
「もう分かってるんでしょう?確かめなくっても……」
「なら、やっぱり、あの子たちに……」
「私だけじゃ多分無理だわ。組織の力だって、きっと及ばない」
「陽人くん……陽人くんのこと……」
若菜は辛そうな顔で言う。
「でも……でも、あの子たち……特に陽人くんとねるさんにはまだ……危ないことはさせたくないわ。できることなら……」
真帆も辛そうな顔で言う。
「でも、他に手はないんだろう?」
一成の言葉に、真帆は何も答えられなかった……。
休日の校舎はシィンっと静まり返っていて、いつもの学校とはまるで別の場所のように思えた。陽人とねるは学校の調査。あかねと美波が廃病院、そして瑞穂は単身で茜と一緒に仕事を行った場所に向かうことになった。
「ねる、そっちはどうだ?」
「別に変わったとこなんてないみたいだけど」
陽人とねるは分かれて校舎の調査を行っていた。
「こっちも何もなかった」
一成は臭跡と言っていたが、学校にはそれらしきものは何も感じられなかった。
「なーんだ。ちょっとドキドキしちゃったよー。あんな言い方するんだもん。何かあるのかと思っちゃった」
ねるはホッとした顔で言う。
「帰ろ、陽人!今日の仕事おしままーい!」
ねるの言葉に「ああ」と頷いた時、陽人は何かを感じた。ザワッとした嫌な感覚……。
「陽人、どうしたの?」
「何か……」
「へ?」
「何かいる……」
ねるに詳しい説明をしているヒマはないと感じ、陽人は五鈷杵を構えて結界を張ることにした。清浄な空気が、陽人とねるを覆う。
「一発で成功した!?」
陽人は驚く……まさか一発で結界を張ることに成功するとは思ってもみなかったことだ。
自分で驚くのは何か情けないと感じたが……。
「陽人すっごーい、すっごーい!結界だーっ、結界だー!……でも、どうして急に結界なんて……」
張ったの?とねるが言う前に、ドオオンっと大きな音を立てて結界が揺れた。
「うお!?」
「きゃあっ!?」
どこからともなく飛んできた妖力の弾丸……それが結界にぶつかったのだ。結界を張っていなければ、陽人もねるもまともに妖力の弾丸の直撃を受けていたことだろう。
「て、敵!?妖魔!?」
ねるは慌てる。
「だって、そんな気配、どこにも……」
「ねる、後ろだ!来るぞ!」
慌てているねるに言うと、陽人は妖力の弾丸が飛んできた方向に体を向けた。妖魔の呻き声が聞こえる……それと同時に隠してもいても、もう意味はないと思ったのだろう。ブワッと辺りに妖気が充満していく。
「うそ……こんな強い妖気、全然気付かなかった……」
「大丈夫だねる!この間のより全然弱い!」
「う、うん!」
陽人の言葉にねるは気を取り直したように、ぐぐっと踏ん張る。妖魔が姿を見せた。その姿を見たねるは顔をしかめて、
「何あれ……気持ち悪!」
と言う。それはグズグズに腐った肉をまとったような、人型の妖魔であった。
「あいつ……真帆さんが倒した奴じゃないか!?妖気が同じだ!」
どういうことだ?などと思っている場合ではなかった。妖魔は妖力の弾丸を放ちながら突進してきた。結界がグラグラと揺れる。守っているだけでは、ラチがあかない。
「陽人、援護お願い!」
ねるは結界の外に出て、弾丸を避けながら妖魔に接近する。陽人はねるを援護すべく、五鈷杵に力を込めて妖力を放出した。陽人の攻撃は妖魔に直撃し、妖魔は悲鳴を上げる。
「あ、当たった!?」
陽人はまた自分に驚く。葵をはじめ、皆にノーコンと言われている陽人の攻撃。それが一発で当たったのだから。
「とおおおおおぉぉぉりゃあああああっ!」
ねるは廊下を強く蹴って跳躍し、一気に妖魔との距離を縮めた。
「てええぇぇぇっけん!せえええさあああいっ!」
気合と妖力を込めたねるの拳が、妖魔に炸裂する。全力全開のねるの攻撃を食らったのだ。ただではすまない。妖魔は断末魔の悲鳴を上げて消滅した。妖気で充満していた周囲の空気が、浄化されていく。
その中で、陽人とねるは顔を見合わせて笑い合う。
「うおおお!すげー!俺らすげー!」
「ちょーかっこよかったよねっ!ねっ!一発KOだよーっ!」
そして手を取り合い、二人はわあわあ言いながらその場で跳ね回った。ここ最近失敗が続いていただけに、この勝利は嬉しかった。ただ、ギャラリーがいないのが残念であったが……。
「特訓した甲斐があるってもんだ」
そう陽人が言うと、ねるは首を傾げたのであった。
帰り道、ねるは陽人に聞く。
「突然どうしちゃったの、特訓なんて?」
「んーまあ、俺だって色々考えてるってことだよ。俺の体、ほら、美波とか……普通の人間と変わらないだろ?妖力も、さ」
「う、うん……でも、それは……」
ねるは言い淀む。
「仕方ないんだよな。でも、仕方ないなりに、せめてみんなの足を引っ張ったりしないようにって思ってさ」
「おおっ!陽人えらーい!」
「え、えらくはないだろ……別に、今さらって感じだし……」
そう言って、陽人は話を切り替える。
「でも、何か最近多いよな、仕事」
「うん。真帆ちゃん、色々調べてるみたいだけど……今日も組織に行くって……」
「それに、さっきだって……あれ、この間倒した奴だったよな?」
「そうだった!妖気同じだったもん!でも、どうしてだろ?あいつは真帆ちゃんがちゃんと……」
ねるの疑問に陽人は納得できないという表情で「だよな」と頷く。
「何か、おかしいんだよ最近。だから、なんてーか、遅すぎる気もするけど……ちょっとくらいはって」
陽人の言葉に、ねるは「ふーん」と頷く。そして、しばらく考えた後に、
「陽人、こないだから立て続けに失敗したこと、もしかしてすっごーく気にしてたの?」
と聞いてきた。それも、物凄く直球で。陽人は「うぐっ」と言葉を詰まらせる。そんな陽人を見てねるは「あははっ」と笑う。
「やっぱり、そーなんだ!あははっ!陽人、何かかわいーねー!」
「う、うるせえなっ!か、可愛いって何だよ!?男に向かって!」
「だーって、何か可愛いんだもん!」
可愛い可愛いを連呼しながら、ねるは陽人の周りをピョンピョンと飛び跳ねた。それから陽人の前に立ち、
「ね、陽人」
陽人の顔をジッと見つめる。
「だいじょーぶだよ!陽人はさ、わたしが守ってあげるから」
「ねる……」
「わたし、もーっと強くなるからさっ、陽人は安心してて!ねっ!」
「でも……」
陽人の声は小さく、「えー?何か言った?」とねるには聞こえなかったようだ。
「いや、何でもない」
そう陽人は帰した。
(でも、それじゃ嫌なんだよ。俺だって、みんなを守りたい……こんな体でさえなけりゃ)
と思った時、
「っ!?」
陽人は足をとめた。また、あの感覚に襲われたのだ。目の前が歪み、何かの声が聞こえるような感覚……。
その声は、沼の底を這いずり回っているかのような、気持ちの悪い声であった。
「陽人?」
だがそれは、ねるが怪訝そうに声をかけてきた途端にピタリと鳴りやんだ。
「陽人、この間から何かヘンだよ。どうしたの?大丈夫?」
「あ、ああ……」
陽人は曖昧に頷く。
「なあねる……いま何か聞こえなかった?」
「何かって……別に何も?」
「そっか……そうだよな……やっぱり」
心配そうなねるに、陽人は強いて笑った。
「ねえ陽人?どこか痛いの?」
「何でもないって」
「ほんとに?」
「ほんとだって。全然へーきだよ」
陽人の言葉に、ねるはやっとホッとしたような顔をした。
「あのね、さっきのこと絶対だからね。陽人は、わたしが守るから」
「はは、分かったよ。よろしく」
渋々笑いながら陽人が言うと、ねるはやっと笑顔に戻った。
「そうだ……美波たちは、大丈夫だったかな?」
「あ、そーだ。瑞穂ちゃんも……何ともなかったかなあ?」
気を取り直し、二人は喋りながら歩く。と、
「あー、瑞穂ちゃん!」
ねるは大きな声を上げて走りはじめた。
「ああ、貴殿らか」
小さな公園に瑞穂はいた。
「すげーな、相変わらず」
陽人は瑞穂の様子を見て言う。蹲っている瑞穂の周辺には大勢の犬が群がっている。犬に埋もれてる……そんな表現がピッタリであった。首輪をしている犬もいるが、大半は野良犬だ。瑞穂に群がっている犬たちは一様に尻尾を振り。甘えるように瑞穂に擦り寄っている。瑞穂はそんな犬たち一頭一頭の頭を撫でていた。
「あ、陽人くん、ねるちゃん」
犬に群がられている瑞穂を見ていた美波は、陽人たちに気付いて声をかける。
「あ、美波。わんちゃん、すっごいねー!」
「うん、みんなすっごくおとなしいの。瑞穂さんのこと大好きみたい」
瑞穂の傍に立っている美波も犬に埋もれていて、至福の表情を浮かべていた。
「さあさあ、もうお開きだ」
そう瑞穂が言うと、それまで彼女のわさわさと群がっていた犬たちが一斉に離れていった。
「私はもう帰らねばならぬ。お前たちも、ねぐらへお帰り」
瑞穂の言葉に、犬たちは名残惜しそうな声を上げて公園を後にしていった。
「わんちゃんたち、ばいばーい!」
瑞穂がパタパタと服についた犬の毛を払う横で、ねるさ呑気な声だ
で手を振っている。
「壮観だな」
陽人は瑞穂にいう。
「いつものことなのだが、今夜は特に数が多くてな。動けなくなるなってしまった」
「みんな分かるんだよ。瑞穂がイイヤツだってな」
その陽人の言葉に、瑞穂は「イイヤツ、か……」と少しだけ困ったような顔をして口をつぐんだ。
「半分鬼の私は、本当にイイヤツなのだろうか?」
何となく哀しそうに見える瑞穂。陽人は慌てて話題を変える。
「と、ところでさ……そっちの首尾はどうだった?」
「それが……」
最初に答えたのは、美波だ。
「また出たの、あのびょういんに。鏡は全部割れていたから、そんなに苦労はしなかったんだけど……」
瑞穂も「私の所にも出た」と返答する。
「が、こちらも苦労はしなかったな」
「そっか……俺たちのとこでもさ……」
陽人たちは簡単に、自分の所に出た妖魔の報告をし合う。話を総合してみたところ、どの妖魔も前に倒した妖魔と同じもののようだ。だが違うのは、まるで誰かが妖魔の妖気の残りカスを使って、もう一度妖魔として復元した感じがしたという点。
確かに陽人たちの所に現れた妖魔も、そんな感じであった。残りカスの妖気を掻き集めて復元された……残りカスで復元された妖魔だから、何とか自分とねるだけで倒せたのではないかと、陽人は思った。
「でも、何だって、そんなことに……?」
陽人の言葉に答えるように、「ふうむ」と葵がするりと姿を現す。
「葵、何か分かるの?」
美波に問われ、葵は「いんや」と首を左右に振る。
「しかしの、何か強烈な妖気の波動を感じ取れば、そのような現象が起こるらしいとは、聞きかじったことがあるの」
「強烈な妖気の波動?」
陽人の言葉に、葵は「うむ」と頷く。
「それって……えーっと、どういうこと?」
ねるは訳が分からないという顔で聞くが葵は、「分からんのう」と返すだけだ。そして彼女は姿をフッと消した。
「むう……なんなんだろ。ねえ陽人、葵の言ってること、分かる?」
陽人は曖昧な感じで「ん、いや」と答えた。陽人にも分かるような分からないような、微妙なところであった。だが、何か腹の底がザワザワするような妙な感覚を感じていた。
もう一度「むう」と唸ったねるは、
「あれ?茜は?」
と初めて茜がこの場にいないことに気が付いた。
「美波、一緒だったんだよね?」
「あ、うん、一緒だったんだけど……」
「合流したはいいが……」
服に付いた毛を払い終えた瑞穂が続ける。
「私が、先ほどの有様だろう。動けずにいると、先に帰ってしまった」
「えー、ちょっとくらい待ってくれてもいいのにねー」
ぷうっと頬を膨らませるねる。
「まあ、仕方がない。茜はクモの次に犬が苦手だからな」
瑞穂の言葉にねるは「えー、そうなの?」と意外そうに言う。この場に茜がいたら、秘密をバラした瑞穂を怒ったことだろう。
「うむ。先日など、風呂場に一センチほどのクモが出たと大騒ぎしてな。ウルファートを呼び出して八つ裂きを命じた。あの大きさのものを八つ裂きにするなど、さぞウルファートも大変だったろうに」
「あはは、なにそれー!茜ってそんなにクモ嫌いなんだ。おもしろーい!」
「人のこと言えないだろねる」
茜がクモ嫌いだと知って笑うねるに陽人は言う。
「お前だってムカ……」
「あああああぁぁっ!言っちゃダメッ!な、名前だけでもヤなのに!」
ねるは顔をひきつらせながら言う。
「うむ、茜もそう言っていたな」
「はは、お前ら似た者同士だな、ねる」
陽人の言葉を「そんなことないもんっ!」と否定するねる。そんなねるの姿に、美波は小さく笑う。
「瑞穂ちゃんはさぁ、どうして茜とずっと一緒にいるの?」
ねるは不思議そうに瑞穂に聞く。
「わたしも茜のことは、その、嫌いじゃないけど……ずーっと一緒になんて疲れちゃわない?」
瑞穂は「そんなことはない」と微かな笑みを浮かべて言う。
「あれで、茜は分かりやすいからな。それに……茜は私を救ってくれたからな」
「え?」
陽人とねるは同時に驚いたように言う。
「では、な」
軽く会釈すると、瑞穂はその場から立ち去った。
「救ってくれたって……どういう意味かな?」
美波の言葉に、陽人は「さあ……」と首を傾げた。よく考えたら、陽人は瑞穂や茜のことをよく知らない。それはねるも美波も同じだ。陽人たちが集まってから、まだ半年も経っていないので、仕方がないだろう。
アパートの部屋に戻った陽人は、すぐにベッドに横になった。そして、ぼんやりと天井を見上げる。人間同然の体でも、一応夜目くらいは効くので古びた木目がハッキリと数えられた。
『大丈夫、あなたたち?』
そんな声が陽人の脳裏に響く。それは真帆の声だ。何とはなしに思い出していたのは、半年前のこと……真帆との出会いだ。
『あなたたち……人間じゃないのね……』
魍魎との大戦が終わった後、しばらくは妖魔たちはおとなしかった。だが、何年か前から、また凶暴になりはじめていた。平和主義を貫いていた陽人たちが暮らしていた村は、そんな妖魔たちに滅ぼされた。
「怪我は?」
真帆に聞かれても、陽人とねるは何も言わない。
「大丈夫よ。私はあなたたちの敵じゃないわ」
「分かるもんか……」
陽人は真帆を睨むようにして言う。
凶悪な妖魔たちに追い立てられ、陽人とねるはボロボロであった。人間同然の陽人を庇ったねるの方が、状態は酷かった。
妖魔の集団に囲まれ、もうダメだと思った時に妖魔たちを殲滅して陽人とねるを救ったのが真帆であった。
「お腹は空いてない?」
「お腹……ペコペコ……」
ねるは心底疲れたという感じの声で答える。
「はい」
と真帆はオニギリをねるに差し出す。ねるはそれに手を伸ばすが、
「やめろねる!毒が入っているかもしれないだろ!」
「そんなことしないわよ」
「陽人……この人、いい人だよ……わたしたち、助けてくれたんだもん」
ねるは真帆からオニギリを受け取り、ガツガツと食べた。その日、真帆は陽人たちの傷の手当をし、食べ物を置いて去っていった。
それから何日も真帆は陽人たちの元を訪れ、食べ物を置いていった。その間にすっかりねるは真帆に懐いてしまった。
「友人がね、この辺りに不穏当な空気が漂っているっていうから来てみたの。来て正解だったわ。あなたたちだけでも、助けられたのだから。あのね、これは提案なんだけど」
そう真帆が切り出したのは、陽人たちが助けられてから一ヶ月ほど経った頃だ。
「あなたたち、私と一緒に街に出ない?あなたたちなら充分、正体を隠して生活できるわ。住む所も私が用意してあげる」
「何でそこまで……?」
陽人は真帆に問う。
「もちろん、無償じゃないわよ。その代わり私たちに、あなたたちの力を貸してほしいの」
「力……?」
ねるはどういうことかと首を傾げる。
「あなたたちを襲ったような妖魔が、ここ数年急に増加をはじめたのよ。人の言葉なんか分からない、ただ自分以外のものを斬り裂くためだけに生まれたような、気味の悪い連中がね」
「知ってる。俺たちの村は、そいつらにやられたんだ」
「わたしの爺ちゃんも、やられた……」
ねるは項垂れて言う。
「私はね、そういう連中を退治するのが仕事なの。でも、妖魔なら何でもかんでも殺して回ってるわけじゃない。私はできることなら、妖魔と人間の共存を目指したいのよ」
「共存!?」
真帆の言葉に、陽人は驚く。
「そんなこと……」
「やってみなくちゃ、分からないでしょう?」
「そんな夢みたいなこと……」
「できたら、すごいね……」
ぽつりとねるは言う。
「できたらすごいよね、陽人」
「でしょう」
真帆は顔に笑みを浮かべる。
「人も妖魔もお構いなしに危害を加えるような……そんな連中は野放しにしておけないわ。放っておけば、被害は増えるばかり。私たちだけじゃ無理なの。だから、お願い。あなたたちの力を私に貸してくれないかしら」
そして陽人たちは真帆の説得に応じる形で、街へとやって来た。それが、半年前のことだった。そして陽人とねるは茜や瑞穂、美波と出会った。
(妖魔と人間の共存……本当にそんなことが……?)
そのことに関してはまだ、陽人はできるとは思っていなかった。ただ、やってみたい、とは思うようになってきている。もし真帆の理想が実現できたなら、きっとねるはもう自分を庇ってボロボロになったりしないはずだ、と陽人は思う。
(共存か……できたらいいな……)
会社の執務机に着いている真帆は、一人考え事をしていた。
ここ最近感じている嫌な気配、それはまだ消えていなかった。真帆の体にまとわりついたまま……日に日に強くなっていような気さえしていた。
「ふう……」
考えていても仕方がない……まずは行動だと、真帆は立ち上って出かける支度をする。
「真帆ちゃん、もう出かけるの?」
若菜に聞かれて、真帆は「ええ」と頷く。
「あまり気は進まないけれど、ね。確かめてこなくちゃいけないわ。もし、あれが本当なら……とんでもないことになる」
「あれが……真帆ちゃんは、本当だと思うの?」
「本当じゃなければいい、とは思うわ」
「そう、よね……」
真帆の塞ぎ込むような言葉に、若菜も少し陰鬱な表情になる。慌てて真帆は顔を上げた。
「あ、でも、本当に何でもないことかもしれないわ。だから若菜までそんな顔しないで」
「う、うん……」
「一成にも言われたのよ。私は考えすぎだって……」
「でも仕方ないわ。真帆ちゃんは、そういう立場にいるもの」
支度の手を止め、真帆は少し口をつぐんだ。
「真帆ちゃん?」
そんな真帆の様子に、若菜は怪訝そうな表情で声をかける。
「若菜……あのね……」
躊躇いながら、真帆は若菜の顔を見て言う。
「私、嫌な予感がするの。もうずっと、おかしな気配を感じるの」
「おかしな気配?」
「私の身の回りに……ごく近くに……何かおかしな、異変が起こっているような気がするのよ」
「異変って?」
首を傾げる若菜に真帆は「ハッキリとは分からない」と返す。
「でも……」
言いかけてまた、真帆は口を閉ざした。真帆は自分でも、抱いてる感覚を説明できるとは思えない。ただ体の傍にまとわりついている嫌な気配……その不安感ばかりが先走っている。
「何かが起こってるっていうの?私たちの周りで?」
「それも分からないわ。ただ……」
上手く説明できない自分の動揺に苛立つように、真帆はキュッと唇を噛んだ。ただ、ある嫌な仮定が真帆の中に生まれつつある。もしかしたら、この事務所の中の誰かが、何かをしているのかもしれない、と。
「真帆ちゃん?」
黙ってしまった真帆に、若菜は訝しげに声をかける。
「何でもない……何でもないのよ。きっと、私の気のせい」
「…………」
真帆は振り切るように言って無理に笑うが、今度は若菜の方が黙ってしまう。だが、すぐに口を開く。
「真帆ちゃん、もしかして……」
「え?」
「もしかして、誰かを……」
言いかけて、また若菜は黙ってしまう。その言葉に、真帆はギリッと胸がねじ上げられるような苦痛を抱いた。若菜の辛そうな顔を見ていたら、真帆はいたたまれなくなった。
「違うのよ、本当に……本当にそんなのじゃないの」
まるで言い訳をするように言う。
(本当はそうじゃない……私は疑っているんだわ……この会社の誰かが……誰かが今回の件に関わっているんじゃないかって疑ってる……私が一番みんなのことを信じて、考えてあげなければならない立場にも関わらず……)
そんなことを真帆が考えていると、
「真帆ちゃんは優しいね」
と若菜が言葉を投げかけた。
「え?」
「昔からそうだったよ。真帆ちゃんはいつも、みんなの中で一番優しかったもん」
「ちょ、ちょっとやめてよ、何それ……若菜の方が優しいじゃない。私なんて……」
苦笑しながら言う真帆。若菜は物思いにふけるような沈んだ表情を浮かべている。
「若菜、どうしたの?」
「私は……優しくなんて、ないもの……」
「若菜?」
「私はいつも自分のことばっかり……自分のことしか……」
と、その時だった。真帆はザワッとした、ここ数日感じていた嫌な感覚に襲われるのをおぼえた。
「もし子供がいたら……少しは違ったのかな?」
若菜のポツポツとした呟きも覆い隠してしまうほどに、その気配は強くなってくる。
「若菜っ!」
真帆は思わず大きな声を上げていた。
「えっ!?」
その声に、若菜は弾かれたように顔を上げる。真帆はパッと身構えて、四方に意識を飛ばす。しかし、
「ど、どうしたの真帆ちゃん?」
身構えた時にはもう、気配は消えてしまっていた。
「ま、真帆ちゃん、何かいるの?」
若菜は緊張の面持ちを浮かべる。
「う、ううん……気のせいだったみたい」
「そう、よかったぁ……」
ホッとした様子の若菜に、真帆は自嘲めいた笑みを漏らす。
「ごめん、若菜。何だか私、過敏になってるかもしれない」
そう言うと、若菜も緊張を緩めて微笑した。
「さて、本当にもう行かなくちゃ。お偉方を待たせたら、またどんな嫌みを言われるか分からないわ」
「ふふ、お疲れ様。頑張ってきてね」
「ええ。しっかり情報を聞き出してこなくっちゃね」
改めて支度をすると、真帆は会社を後にして組織へと向かった。
組織の方では多分、何かしらの情報を掴んでいるはずだと考えながら──。
(そう、私たちでは捉えきれない情報を何か……)
モニターが無数に並んでいる無機質な部屋の中央に、真帆は立っていた。モニターにはそれぞれスーツ姿の男や軍服に似た服を着た男たちなどが映っている。組織のトップクラスの人間たちだ。
『やあ、久しぶりじゃないか、野波くん』
男の一人がモニターに内蔵されているスピーカー越しにいう。
「ええ、ご無沙汰しております」
『はっはっは、いやいい、そんなことはどうでも。あのことを探りに来たんだろうが?』
別の男が探るような目付きで真帆を見ながら言う。
「では、やはり……」
『ああ、ハッキリとその兆候が出ておるな。誰の仕業かは知らんが……』
「そのことに関して……組織は何か手立てを……?」
『ははっ、どうして部外者のキミにそこまで教えなきゃならん?とはいえ、まあいい。特別だ。キミはよく働いてくれたからなあ。一週間後だ。一週間後に総攻撃をかける』
総攻撃……その言葉を聞いた真帆は目を見開く。
「なっ!?なぜです!?封印をし直せば……」
『したさ、何度もね。だが、そのたびに破られておる。キミも調査に行ったんだろう?なら見たはずだ、何重にも施された封印……そして、それがことごとく破られつつあるのをねえ?』
「だから、攻撃ですか?」
『もちろん近隣住民には避難勧告を出すさ。山一つ吹き飛ばすほどの攻撃になるだろうからなあ』
「そんな……では他の……他の妖魔は……動物たちはどう……」
真帆の言葉に、男の一人が鼻を鳴らす。
『ふむ、なるほどなあ、まだそんなことを言っておるのか』
「ですが……!」
『もし封印が破られて、アレが世に放たれたらどうなると思っているんだ?』
「それは……しかし、アレを相手に攻撃など役には……」
『立たん、と言いたいのか?我が組織の技術のすべてを集めた封魔の波動だ。効かんわけがないさ』
楽観的な口調の男たちに真帆は、「甘すぎます!」と叫んだ。
「あなた方も文献くらいは見たことがおありでしょう!?当時を知る妖魔たちから話を聞けばもっと……」
『いい加減にしろ!』
『妖魔の話?それが何だというのだ?連中が真実でも語るとでも思っているのか!?』
「あなた方は、まだそんな……」
『妖魔など滅ぼしてしまえばいいのだ!根こそぎなっ!』
「あなた方は……」
『分かっていない、と言いたいのか?分かっていないのは、お前の方だ!人間と妖魔の共存なんだと夜迷い言ばかりをほざきおって!』
『お前は連中に利用されてるんだ!見ていろ、じきに連中は本性を出すぞ!せいぜい飼い犬に手を噛まれんよう気を付けることだな!』
しばらく黙った後、真帆は口を開いて男たちに言った。
「では……我々が封印に成功すれば……」
『なん、だと……?』
「私の……私たちの《仲間》である妖魔たちと共に……破られることのない封印を成功させれば、攻撃は思いとどまってくださいますか?」
『ほう……』
『くはははっ!これは面白い!自信があるというのか?我々がしくじった仕事だぞ!?』
「やってみなければ分かりません」
『くはははっ!なるほどなるほど……おい、どうするね?』
『いいんじゃないか?』
問いかけに、男の一人は呆れたような口調で言う。
『我々の懐は痛まんわけだしな。やらせてみるのもいいんじゃないのか?』
「本当ですか!」
『ただし、一週間だ。キミたちがしくじれば、予定は変更なく実行される。たとえ、その瞬間にキミたちがその場にいようとも、だ』
「ええ……ええ、分かっています」
真帆としても、そのあたりのことは充分に理解している。組織の人間たちは、そういう人間たちなのだ、と。
『くくく……こちらとしても、キミたちが勝手に動いてくれる分には大助かりだからねえ。何しろ攻撃にかかる費用は莫大でな』
『そうだな、万が一キミたちが封印に成功したなら、我々から報奨金を出そうじゃないか。嬉しいだろう?』
「ええ、とてもね」
男の言葉に、真帆は皮肉を込めて答えた。
今日も学校は休みだった。陽人、ねる、美波の三人はアパート近くの商店街に食料の買い出しに出かけた。夕方からは、また会社に行かなければならない。おそらく真帆は調査結果を教えてくれるはずだと、陽人は考えていた。
商店街の精肉店の前で、
「陽人ぉぉ、見て見て、お肉だよお肉ぅっ!美味しそうだねえ!」
ねるは涎を垂らす。
「肉なんか買わないぞ」
と陽人はねるに言う。
「この間の天井の修理で金を使っちゃったんだからな」
「ええー!」
不満そうな表情になるねる。
「今日買うのは米と、見切り品での納豆……そして豆腐と卵だ」
「陽人くん、なんだか主婦みたい」
美波はなんだか関心したような口調で言う。
「ええーやだー、そんなお坊さんみたいなご飯っ!おーにーくーぅぅぅ!」
ねるは駄々っ子のようにジタバタする。
「ジタバタするな!人が見てるだろ!」
ジタバタ騒いでいるねるを陽人が注意すると、葵が姿を見せた。
「おんしら、前から言おうと思っとんたんじゃがのう、もっと野菜を食わんといかぬぞ」
「いま野菜は高い!」
陽人は葵の意見を却下する。
「何を言うか!わらわは食べたいのじゃ!そこの八百屋で小松菜を買わぬか!」
「お前は別に食べなくても平気じゃんか葵」
「愚か者!神への供物を怠れば神罰が下るぞ!」
「葵はウサギさんだから、葉っぱが大好きなの」
騒ぐ葵を見ながら、美波が言う。
「なら、その辺にある生えているのでいいだろう?」
「陽人!おんしは、わらわに雑草を食えと申すのか!?けしからん奴じゃ!」
葵は眉を吊り上げ、陽人の頭をグリグリする。実体がないので痛くはないが……。
「あれ……真帆さんだ」
陽人は商店街の中に、真帆の姿を見つけた。薬局の紙袋を抱えた真帆も陽人たちに気付いたようだ。陽人たちの方に歩み寄ってくる。
「あなたたち、お買い物?」
真帆に聞かれ、陽人は食料品の買い出しに来たことを告げた。すると、真帆は僅かに眉を寄せた。
「まだ……買ってないわよね?じゃあ、今日のところはパスしてくれるかしら?」
「え?どうして?」
陽人が問うと、「明日ね……」と真帆は答える。
「ちょっと遠くに行ってもらわなくちゃならないの。仕事でね。一日で終わるかもしれないけど、もしかしたら何日もかかるかもしれないから」
「ほぅ……そりゃあ見切り品の納豆なぞ買うておる場合ではないのう」
葵の言葉に陽人は、「納豆は冷凍しときゃ大丈夫だ」と答える。それから真帆に、
「じゃあ、前から調べてたこと、わかったんだ」
と聞いた。真帆は不安げな顔で「ええ」と頷く。
「まあ、それは事務所で話すわ。遅れないで来てちょうだいね」
「はい、分かりました」
「了解」
美波と陽人は頷く。
「ところで……今日はねるさんは一緒じゃないの?」
「へ?」
言われて、陽人はさっきまで、お肉お肉と騒いでいたねるがいないことに気が付いた。
「陽人、おんしが、その辺に生えているのでいいだろう?と言うあたりからおらんかったぞ」
「そういうことは早く言えよ!」
精肉店のショーケースにでも張り付いているのかと思った陽人だが、そこにねるの姿はない。と、その時、路地から、
「おーいっ!」
ねるが笑顔で出てきた。
「ねる、お前どこに行ってたんだよ。勝手にウロウロするなって。また迷子センターに呼び出してもらうとこだったぞ」
「えへへー、ごめん陽人……あ、真帆ちゃん」
「嬉しそうね、ねるさん。何か見つけたの?」
何だか嬉しそうなねるを見て、真帆は怪訝そうに問う。
「うん!陽人がお肉買ってくれないから、ほら!あっちの草むらで見つけてきたの!」
満面の笑みで、ねるは両手を真帆に突き出した。その瞬間、「ひっ!」と真帆の顔が真っ青になってひきつる。ねるの掌には三、四匹の丸々と太ったイモムシが、ウゾウゾと蠢いていた。
「ひああああああっ!」
それを見た真帆は、超音波のような悲鳴をほとばしらせる。
「真帆ちゃん、どうしたの?」
ねるは首を傾げた。
「ほら、美味しそうでしょう?」
真帆なズサササーっと後ずさってねるから離れる。
「いやああ!や、やめて!ち、ちかづけないでえええっ!」
真帆は鳥肌を立て、涙目になっていた。
「い、いいっ?とにかく、今日の夕方、お、遅れちゃダメよ!い、いいわね!?」
そして、陽人たちにそう言い残し、走って去っていった。
「あ、行っちゃった」
掌にイモムシを乗せたまま、ねるはぽかんとして真帆を見送っていた。
「ほう、意外じゃのう」
葵は心底以外そうに言い、美波は、
「ちょっと可愛かった」
と、やはり意外そうに言う。ねるは訳が分からないという顔で、「え?何が?」と二人に聞く。陽人は溜め息をつく。
「ねる、とりあえず、それ、元の場所に戻してこいよ」
「ええー!」
「ええー、じゃない!」
どうせなら葉を札に変えるぐらいの芸当をしてくれればいいのに、と陽人は思う。そうすれば生活が助かる。しかし生憎とねるは、人間に化けることと肉弾戦しかできない。
(ま、それでも俺よりはるかに戦力になるけど……)
そう思った後に、
「にしても、遠くに行く仕事ってなんだろ?」
と、美波たちに問う。
「ふうむ……気になるのう」
葵は少し表情を険しくして言う。あまりいいことではない、と思っているのだろう。
「あんまり危ないことじゃないといいなあ……」
美波の情けない言葉に、葵は溜め息をつく。
「美波、おんしはもう少し小池家の跡取りとしてのぷらいどをじゃな……」
葵が美波に説教をしている間に、ねるはイモムシを一匹口の中に放り込んでいた。
そして口の中で租借して、ゴクンと飲み込んだ。とても美味しそうな表情を浮かべるねるに、
「食うなっ!」
と陽人は突っ込んだ。山でならともかく、ここは人間の街。あまり人間の街に相応しくない行動はしてほしくなかった……。
夜、陽人たちは会社へと足を運んだ。会社にいたのは一成と若菜だけで、真帆の姿はなかった。
「真帆ちゃんは、またお出かけさてるの。すぐに帰ってくると思うから、待っててね」
若菜の言葉にねるは「はーい!」と返事をする。美波は一成と若菜に「何かまた問題が……?」と、おずおずと聞く。
「そういうのじゃないんだ。備品の買い漏らしがあったらしくてね」
そう一成は答え、
「そうそう。お昼に一回お買い物に行ったんだけど、何だか真っ青な顔して帰ってきて」
と若菜が続ける。
「何かがあって、大慌てで帰ってきたみたいなんだけどね。その時、寄ろうと思ってた店に寄り忘れたんだって」
一成の言葉に、陽人は「あー……」と納得した。美波は「あはは……」と苦笑する。
この場合、真帆の名誉のために言わない方がいいのだろうと、陽人は思った。
「まあ、真帆が戻るまで少し時間がかかるだろうし、お茶でも飲んで待っていようか」
一成がそう言うと、若菜はお茶を淹れにキッチンへと向かった。
「真帆さんが、遠くに行ってもらうって言ってたけど……それ、どういうことなんですか?」
ソファに座りながら、陽人は一成に聞く。
「そのことは……まあ、瑞穂くんや茜くんが来てからにしよう」
一成は神妙な面持ちで答えた。それほど重要なことなのか、と陽人が思った時だった。
異変が起きた……。
ドオオオオオンッ!と爆音が響き、窓ガラスが一斉に割れた。
「うわ!」
「うわああ!」
「きゃああ!」
「ふぎゃあ!」
一成、陽人、美波、ねるは爆風で吹き飛ばされる。割れた窓ガラスが、室内に派手に飛び散った。
「な、なんだ!?」
吹き飛ばされた一成は慌てて立ち上がる。
「どうしたの!?」
キッチンにいた若菜が、駆け出てきた。
室内中に、黒煙が立ちこめる。陽人たちはそれを吸ってしまい、激しく咳き込んだ。
「誰っ!?」
ねるは鋭い声を上げる。陽人は彼女の視線を追った。窓の外、空中に誰かが浮かんでいるのが見えた。外から吹き込んでくる風によって室内の黒煙は薄れ、その誰かの姿が見えるようになる。空中に浮きながらクスクスと笑うのは、仮面で顔を隠したボンデージ風の服を着た女だった。
「て、敵!?」
美波は顔に怯えの表情を浮かべる。
「た、大変!ま、魔具……魔具、魔具がないと私、攻撃は……」
慌てる若菜に一成は、
「落ち着け若菜!」
と声をかけた。
「あらあら、どんなものかと思ったら、この程度なの」
仮面の女は小馬鹿にしたような口調で言う。
「せっかく生まれた子たちを片っ端から殺し回ってるお馬鹿さんがいるから、どんな子たちかと思ったら」
そう言って仮面の女は陽人たちを見回し、つまらなそうに肩をすくめた。
「つまらないわぁ……これじゃあ私が遊んであげる必要もなさそうねえ」
「な、なんか分からないけど……わ、わたしたちのことバカにしてるのね!?」
ねるはいきり立って拳を握る。仮面の女はクスクスと笑った。
「あら、それは分かったの?お利口さんじゃない」
「むきいいぃぃっ!またバカにしたああっ!許さないんだからあっ!」
仮面の女に挑発され、ねるは完全にのぼせ上がってしまったようだ。全身に妖気と怒りをまとわせ、
「ええいっ!あんたなんかっ、あんたなんかっ、わたしの一発でギャフンッて言わせてやるんだからあっ!」
ダンッと床を蹴って跳躍するねる。
「あ、バカ!」
と陽人が止めようとした時にはもう遅かった。ねるの体は宙に待っていた。正体不明、そして力量不明の相手に迂闊に手出しするのは危険だ。だからねるを止めたかった。
だがねるを止めようと思っていたのは、陽人だけではなかった。
「ねるくん!」
ねるが挑発に乗って飛び出そうとした瞬間、一成が飛び出していた。
「待て、危な……」
い、まで一成は言えなかった。
「わわわ!?ちょ、どいてどいめーっ!」
飛び蹴りの姿勢に入っていたねるが叫ぶ。空中にいる彼女は、軌跡を変えることなど不可能だ。結果……メキイイイィィッ!と不穏な音を立てて、ねるの前に飛び出した一成の顔面にねるの蹴りがクリーンヒットした。
「ぐはああああっ!」
倒れ、床を転がる一成。
「ぐ、ほ……い、いい蹴りだ……」
「はぎゃー!ご、ごめんねっ!だ、だって急に飛び出してくるんだもんっ!」
「ぐふ……い、いや、未知の敵の挑発に乗って無軌道に攻撃するのは……よくない……も、もっと様子を……」
そのままガックリと意識を失う一成。
「うわーん!どうしよー陽人おー!一成くん、死んじゃったよおおー!」
「気絶しただけだ!落ち着け!」
オロオロするねるを落ち着かせる陽人。仮面の女は「こほん」と咳払いを一つする。
「もう茶番はおしまいかしら?」
陽人は思わず、「あ、すみません」と謝っていた。謝ってから、自分は何を謝っているのだろうと思った。
「あ、そ、そうだ……誰の道呼ぶや……」
美波は葵を下ろすべく、呪文を唱える。
「あら、危ない」
仮面の女は美波に妖刀の波動を放つ。
「きゃあっ!」
「美波!」
吹き飛ばされた美波を、陽人は危ういところで受け止めた。
「うふふっ、お嬢ちゃんにはそのままでいてくれなきゃねぇ」
仮面の女の言葉に陽人はハッとなる。
(こいつ……美波が転身するってことを知っているのか!?)
そうでなければ、今のようなことを言うはずがない。そして陽人はある疑問を女に投げかけた。
「病院とか学校とか……退治した連中を復活させてたのは、お前か!?」
「あら、それは私じゃないわ。でも、きっとこれからどんどんそんなことが増えるでしょうけれど……残念ながら、止めることなんてできないわよ」
「何でよ!?止めるもんっ
叫ぶねるに、仮面の女は「やっぱり、おバカさんねえ」と言う。
「とりあえず、あなたたちには、この子の相手でもしてもらいましょうか」
そう言って女がヒュッと手をかざすと、「きしゃああっ!」と奇声を上げて室内に複数の妖魔が姿を現した。
「烏頭女(うずめ)……ふふ、それが私の名前よ。またね」
仮面の女・鳥頭女はそう言い残すと、どこかへと飛んでいった。
「こらー!逃げるなーっ!」
それを追おうとするねるに、妖魔の触手が迫る。
「バカ、ねる!よそ見するなっ!」
陽人は慌てて五鈷杵を取り出すと、ねるを攻撃しようとしていた妖魔を思いっきり殴った。ねるに迫っていた触手の軌道がズレる。
「もおおっ!あんたたちのせいで、あいつが逃げちゃうじゃないっ!」
さけび、ねるは反撃に出た。若菜は気絶している一成を引っ張って端に避難し、美波は陽人とねるが妖魔と戦っている間に葵を下ろした。会社の中は戦場と化す。鳥頭女が放った妖魔は強く、陽人たち三人だけでは相手をしきれない。苦戦し、劣勢に追い込まれていく。その時、
「すまぬ、遅れた」
と瑞穂が顔を出した。その後ろにはプリンが詰まったスーパーの袋を持ったウルファートを従えさせた茜もいる。
「茜、瑞穂!手を貸してくれっ!」
これぞ天の助けとばかりに、陽人は叫ぶ。瑞穂たちは何で会社に妖魔がいるのかは理解できないようだが、それでも陽人たちに加勢する。瑞穂と茜が加わったことで、形成逆転……どうにか鳥頭女が放った妖魔をすべて退治することができた。妖魔を退治し終わると茜は、
「いったい、どういうことですの!?」
と叫ぶように問う。
「これは酷いな。窓が全部やられている」
「これでは掃除も一苦労ですね」
冷静な瑞穂と、どこか論点がズレているウルファートであった。
玄関で、ドササッと紙袋が落ちる音が聞こえた。見ると、真帆がガラスが割れた窓を見て震えている。
「な、なんなの、これ?ま、窓ガラスが……修理にいくらかかると思って……」
そして呆然と呟く。
「あのー、か、一成くんのことも、たまには思い出してあげてぇ」
生気を失った顔色の一成を抱き上げながら、若菜は声を上げた。
事態が落ち着いたところで、若菜は一成の胸に手を当てた。ポウッと柔らかい光が若菜の掌に生まれ、それが一成の全身を覆っていった。若菜の癒やしの力を受け、ようやく一成は意識を取り戻し、若菜はホッとした。
「まったく、自分のヒーリングの力を忘れるなんて、あなたも相当動揺してたのね」
真帆は呆れたように言う。若菜は恥ずかしそうに俯いてしまう。
「で、いったい何がありましたの?」
「この窓ガラスはどういうことなの?」
茜と真帆が同時に聞いてくる。陽人は真帆たちに事の顛末を話しはじめた。
「今から追っても……無駄ね」
破られた窓の外を見て、歯噛みする真帆。妖気の痕跡を追うことは可能だが、会社に残っている鳥頭女の妖気はもう薄まっている。追うことは不可能だろう。
「こちらの動きは、見破られていると思った方がよさそうね」
そう呟いてから、真帆はみんなに言う。
「この数日、私が何かを調べていたのは、みんな知ってるわね。その結果なんだけど、ちょっと厄介なことになってしまったの」
真帆の言葉に、陽人たちは険しい表情を浮かべる。真帆は数百年前の魍魎が起こした惨事を話す。そのことは、この場にいる誰もが知っている。魍魎が、封印されたことも。
「その魍魎の封印が、解かれようとしている」
そう言うと、陽人は「そんな!?」と目を見開いた。
「封印が?だって、だって、そんなわけ……」
ねるも陽人同様に目を見開き、体をおののかせていた。二人の様子に、茜たちは怪訝そうな顔を向ける。
「魍魎は蘇ろうとしている。この数日の妖魔たちの不自然なくらいの発生、そして妙な復活は……多分、魍魎の強い妖気の影響でしょうね」
解けかけている封印から溢れている魍魎の妖気が、一度は退治された妖魔たちを残りカスの妖気から復活させたのだろう。そして陽人は、自分の妖力が上がっていることや、ここ最近聞こえていた声のようなもの……それは魍魎の声だったのだと確信した。
「しかし、それほどの事態ならば、例の組織が動くのではないか?」
瑞穂の疑問に真帆は「ええ」と頷き、組織がやろうとしていることを話した。
「そんなのじゃダメだよ……あれは……あいつは、そんなんじゃダメだよ」
ねるは顔を青くさせて言う。
「そうだ。そんなことをすればアレが蘇るだけだ……組織の攻撃、その妖気の波動を吸い尽くして、前よりずっと協力になって……」
陽人は組織がやろうとしていることを想像し、自分の顔から血の気が引くのを意識した。
「ねるちゃん、陽人くん、どうした?顔色が……」
美波が心配そうな口調で言う。一成は「陽人くん」と陽人に伺うような視線を送る。
「陽人くん、ねるさん、あなたたちの力が必要なの。できることなら私たちだけでかたづけたかったけど……」
真帆は神妙な面持ちで言う。
「さっきの話を聞いたら、いよいよそんなことも言ってられなくなったわ。あなたたちなら知っているはず……魍魎を再び地下深くに封印する方法を……」
ねるは「知ってる」と頷き、茜は「あなた方……?」と首を傾げる。瑞穂も「どういうことだ?」と眉をひそめていた。美波は「陽人くん?ねるちゃん」と二人の顔を訳がわからないという表情で見回す。
「あなたたちがウチにいてくれたことは、僥倖だったわ。でも、そのために、またあなたたちを危険な目に遭わせてしまう」
「でも、俺たちがやらなくちゃ……」
「ちょっと!話が見えませんわよ!どういうことですの!?」
茜は痺れを切らしたように声を荒げた。躊躇いながら陽人は茜の方を見て、
「俺は……魍魎の息子なんだよ」
と告げた。その言葉に、茜、瑞穂、美波は絶句する。
「あの大戦が終わった頃は、俺はまだ赤ん坊で……だからねるの爺ちゃんとか、村のみんなが俺の力を封印したんだ。アイツの血が暴れ出さないようにって。一生、人の体で平穏に生きられるようにって。でも、魍魎の力に憧れるっていうか……そんな妖魔たちもいて……そんな連中にとっては、俺の力を封印した村の人間は気に食わなくて……そいつらに、村は襲われた。俺の封印を解けって……でも、村のみんなは……」
陽人は村のみんなを守りたかったが……人間同然の体では、何もできなかった。ただ、みんなが殺されていくのを見ていることしかできなかった。
「わたしと陽人は、わたしの爺ちゃんから魍魎の封印の方法を教えてもらってる」
ねるは当時のことを思い出してか、ぽつりとした口調で言う。
「もし万が一、陽人の封印が破れて暴走した時のために……」
「そんな……ねるちゃん、陽人くん……」
美波は目に涙を溜めている。
「だから……あなたたちに助けてもらわなきゃいけないのよ」
搾り出すような声で、真帆は言う。茜は「よく分かりましたわ」と頷く。
「そこの能無しさんが、ただの能無しさんじゃなかったということですのね」
「ただの能無しだよ」
陽人は茜の言葉に、自嘲気味に答えた。封印のおかげで妖力はガタ落ちで、呪符を使っても真言を唱えても、術が正しく発動しないことなどザラなのだから。
「ふふ……面白いですわ」
茜は目を細めると、独り言を言うような調子で呟いた。そして、
「ならいっそ、復活させてしまえばよろしいじゃありませんの」
と言い放った。その言葉に全員、絶句する。
「絶対的な力……結構ですわ。魍魎との大戦のことでしたら存じましてよ。圧倒的な、強大な、絶対的な力……ええ、実に結構ですわ」
「茜……あなた、何を考えているの!?」
真帆は信じられないという口調で茜を問い詰めた。茜は平然と「わたくしの理想の実現ですわ」と返す。笑顔さえ浮かべながら……。
「バカっ!そんな簡単なものじゃないんだぞ!」
「そうだよ!あんなもの……どうにもならない……あんたの理想にアイツは……」
陽人とねるを黙らせるように茜は「使えばよろしいのよ」と言う。
「組み伏せ……そして使役する」
「お前の力でか!?無理だ!あいつを封印するまでに、何匹の妖魔が、何人の人間が死んだと思ってるんだ!?」
陽人の言葉に、茜は笑みを返すだけだ。
「あなた方、臆病すぎるのではなくて?強大な力なら、それを利用する方法を考えればよろしいのよ」
「妖魔と人間が総がかりで戦って、それでも倒せなくて、封印するだけに留まってるんだぞ!」
「やってみせますわ。考えてもごらんなさい、能無しさん。低級な妖魔ども、低級な人間ども……バカらしい小競り合いの何と多いこと。愚かなのは彼らですわ。愚かゆえに、理が通らない。そんな連中が争いごとを引き起こしてますのよ。そんな連中を黙らせるには、力でしょう?圧倒的な力で支配してさしあげれば、彼らは従いますわ……そう力……私にそれがあれば、とっくの昔に……」
茜の言葉は、最後の方は呟きようになっていた。そしてキュッと眉を寄せると、
「ごきげんよう、皆様」
そう言って踵を返し、そのまま会社を去っていった。「待って!」と茜を追おうとする真帆を「真帆殿」と瑞穂が止める。
「ここは私に任せてもらおう。茜は、少し現状を見誤っている。私が止める」
「瑞穂さん……ええ、お願いするわ。私より、あなたの方が適任ね」
瑞穂は陽人とねるに顔を向ける。
「茜も昔、貴殿らと同じような経験をしたことがあると、聞いた。一族のものが下劣な……低級な妖魔に滅ぼされたと。唯一逃された茜だけが生き残ったのだと」
「あいつ……だから、あんなことを……」
茜がなぜ力に執着するのか、瑞穂の言葉で陽人は合点がいった。
「自分に力がないのが悔しいと、茜は言っていた。器物しか操ることしかできない自分が悔しいと……言っても、せんのないことだ。ともかく、茜は止めなくてはならない」
そう言い残し、瑞穂も会社を去っていった。残った陽人たちはドッと襲ってくる疲労感のために、申し合わせたように座り込んでしまう。
「ごめんなさい。こんなことに巻き込むつもりで、あなたたちを連れてきたわけじゃなかったのだけど……」
申し訳なさそうな顔の真帆に、陽人は「ははっ」と小さく笑ってみせる。
「いいよ、真帆さん。だって俺らがいなきゃどうしようもなかったんだし。それに俺とねるががんばれば、どうにかなるんだしね。パッパッと行ってきてさ、ちゃちゃっと封印しちゃおうぜ……あんな、クソ親父なんかさ……」
何も感じないのかと聞かれたら、それは違うと陽人は答えるだろう。多少は感じるものはある。だが今の陽人にとっては、山奥に封印されている魍魎は肉親などではなかった。
陽人とねるが暮らしていた村を滅ぼす原因を作った、禍々しい化け物でしかない。
出発は明日の朝だというので、陽人たちは自宅に戻ることにした。
(瑞穂……茜をちゃんと説得してくれよ)
陽人はそう願った。
住居である廃ビルに戻った瑞穂は、「茜」と声をかける。瑞穂は廃ビルに戻る途中で何とか茜に追いつき、ここに戻ってくるまでに説得の言葉をかけていた。
「まだ説得ですの瑞穂?いい加減、聞き飽きましてよ」
「いや……以前のことを……出会った頃のことを少し思い出した」
「出会った?わたくしと瑞穂が、ですの?」
怪訝そうな茜に、瑞穂は「ああ」と頷いてみせる。
「茜は覚えているか」
「当たり前ですわ……ふふっ。瑞穂、あなた、酷い有り様でしたわよ」
「ああ、そうだったな」
瑞穂はその頃を思い出す。人と鬼、両方の血を持って生まれた瑞穂。それゆえに人にも鬼にもなりきれずにいた。どちらの世界にも身を置くことができずにいた。長い時間、一人で過ごしていた瑞穂は、疲れていた。何もしたくなかった。山に籠もり、日々なにもせずに過ごしていた。
「最初に見つけた時、わたくし、置物か何かかと思いましてよ、あなたのこと」
「ふふ……私のことを使役しようとしたからな。付喪神と間違えて。生きているのなら生きているとおっしゃい……と照れ隠しに怒鳴られた」
「べ、べつに照れていたわけじゃありませんわよ」
「……疲れていたのだ。あの大戦がかたづいて、しばらくは静かな日々が続いていた。それなのにまた、周りが騒がしくなってきた。妖魔たちがざわつきはじめた。面倒になった……このまま生きるのをやめて、草木や苔と同化しようと思っていた、それなのに……賑やかな者に叩き起こされた。眠れなくなった」
瑞穂の言葉に、茜は鼻を鳴らす。
「放っておいてほしかった……と、おっしゃるの?」
瑞穂は小さく笑う。
「実はあの頃はそう思っていた。何しろ強引に叩き起こされて、いつの間にか同行者にさせられていたからな。だが今はそうは思っていない。私は茜が好きになった」
それを聞いた瞬間、茜の顔が赤くなる。
「な、何を言い出しますの、ききなり!?」
「私は茜が好きだ。一生懸命なところも、素直でないところも、可愛いらしいと思う」
「み、瑞穂……」
「会社の人間も皆、きっとそう思っている。真帆殿にすかうとされた時、茜は『こんな所、退屈しのぎの腰掛けですわ』と言ったが……今でもそう思うか?」
瑞穂の問に、茜は何も言わない。瑞穂は構わず言葉を続ける。
「真帆殿の方針は、茜にとっては物足りなくもあり、じれったくもあるのだろうが、私は会社の方々も好きになった。多分、茜もそうだろう。茜も真帆殿やみんなが好きであろう?」
「…………」
そういえば……と茜は、ぼんやりと思い出していた。
(瑞穂と出会って……行動を共にするようになって、もうどのくらい経ったのかしら)
山の中で瑞穂と出会った時、最初はウルファートのように美しい人形かと思った。だが実は鬼だと知って、驚くと同時に嬉しくなった。鬼は自分と同じ高等種……ならばこの美しい鬼は自分と共にいてもいい、その資格は充分にあると思った。瑞穂はこの時、このまま消え去りたいと言った。茜はそれを愚かしいことだと感じた。
自分たちのような高等種が、虫ケラのように消滅していいわけがない。醜悪な下等生物に蹂躙され、皆殺しにされていいわけがなかった。
「そりゃあ……」
と茜は瑞穂に向き直る。
「あのぬるま湯も悪くはありませんでしたわ。暇潰しにはなりましたもの。でも、それとこれとは話が別ですわ。わたくしは、わたしの理想の実現の糸口をずっと探していたんですもの」
「だが危険だ」
「分かってますわ」
憂慮に満ちた瑞穂の顔に、茜は毅然として笑う。
「けれど、危険なことなんてありまして?」
「私は、難しいことは分からない」
「瑞穂、難しくなんてありませんわよ。難しいのは……」
と言いかけて茜は、口をつぐんだ。難しいのは、どうすれば蘇ろうとしている力を自分が使役できるか、だ。
(いいえ、わたくし自身が従えられなくてもいい……わたくしと志を同じくするものがいれば……)
力のある、志を同じくするものがいれば……魍魎の使役はその者にさせ、茜はその者を使えばいいのだ。そうすれば、自分が魍魎を使役するのも同然だ。
「瑞穂、あなたも知っているでしょう。わたくしがずっと、妖魔も人も支配できる力を探していることくらい」
「それは、知っている」
「でしたら、これはチャンスだと、そうは思いませんの?」
茜の言葉に、瑞穂は難しい顔をする。先ほどから、茜と瑞穂の会話は平行線だ。
「……相手が悪すぎる」
「少しだけね。手はあるはずですわ」
本当ならば、茜と同等の高等種であるのが理想だった。知能と力を兼ね備えた妖魔ならば、茜には説き伏せる自信がある。だが話に聞く魍魎は、ただ力……それだけの存在であるらしい。それでも、その力は魅力だと茜は感じる。
「そう……力があれば、よろしいのよ」
「茜……」
「力さえ……わたくしにそれさえあれば、こんな苦労などしなくてもすんだのですわ」
戦いなどもうゴメンであった。だから、すべての戦いを強大な力でねじ伏せてやりたかった。
「瑞穂、手伝ってちょうだい。コダヌキさんたちが封印をし直す前に、わたくしたちは魍魎を蘇らせ、そして従えさせなければなりませんのよ。その方法を……」
「その方法を……教えてさしあげましょうか?」
その女の声は、唐突に聞こえた。
「誰ですの!?」
「何者っ!?」
その声に、茜と瑞穂はハッとして身構えた。
「ふふ……こんな遅くにお邪魔しちゃって、ごめんなさいね」
何も存在しない空間に、するりと忍び込むように現れる人影。仮面で顔を隠し、ボンデージ風の服を着た女だ。茜と瑞穂は知らないが……烏頭女だ。
「何奴っ!?」
瑞穂は茜を守るような姿勢をとり、刀の柄に手を添えて問う。
「あら、そんな怖い顔をしないで。勝手に部屋に入ったことは謝るわ」
「ここは……結界を張ってあるはずですわよ」
茜の言葉に、烏頭女は「ええ」と頷く。
「確かに張ってあったわ。まさか誰も、廃ビルの一室がこんなすてきなお部屋になっているなんて、気が付かないでしょうね」
「あなた……どなたですの?」
烏頭女のはぐらかすような物言いに、茜はキッと睨みながら言う。そう易々と結界が破られるわけはない。おまけに、結界の中に侵入してきたことさえ茜も瑞穂も気付くことができなかった。烏頭女が、ただ者ではないということが分かる。
「誰かは、どうだって構わないわ。ただ……そうね、魍魎の封印を解こうとしている者、とは言っておきましょうか。呼びたければ烏頭女と呼んで」
烏頭女の言葉に、茜と瑞穂は「何ですって!?」「なに!?」と同時に声を上げた。
「あなたが、会社に妖魔を放った者ですのね」
茜に言われ、烏頭女は「ええ」と頷く。
「ふふふ、少し乱暴な訪問だったけど。ああ、そこのあなた……刀から手を離してくれない?私はお話をしに来ただけなんだから」
烏頭女は刀の柄に手を添えている瑞穂に顔を向けて言う。茜は自分を守ろうとしてくれている瑞穂の前に出た。
「茜!」
何かを言おうとする瑞穂を、茜は片手で制した。そして烏頭女の仮面で隠された顔をジッと見つめる。
「魍魎の封印を解くと言いましたわね……わたくしは、ずっと探していたのよ。協力者を。魍魎の力を使える人を」
「あの会社はダメだったわ。知能も、それに思考も失格。あの人たち、せっかく解けかけている封印を元に戻そうとしているんですもの」
「なぜそのことを知っている?」
瑞穂は茜の肩越しに烏頭女を睨みながら言う。
「ちょっと、ね。調べさせてもらっただけ。何だか大きな組織もあるようだけど、あれもダメね。ふふっ、人間ごときの攻撃で、あの魍魎が消滅するとでも思っているのかしら」
烏頭女はそう言って一歩茜に近づく。茜は凝然として烏頭女の顔を見つめる。烏頭女の唇に、笑みが浮く。
「でも、あなたは違うみたい。ごめんなさいね、お話、聞かせてもらったの。あなたは、争いをなくそうとしているのね?」
「……そうですわ」
「妖魔も人間も、愚かな者ばかり。目の前に絶対的な力……恐怖がなければ、自分の利を掲げて、くだらない争いばかり。このままでは、争いなどなくならない」
仮面の奥の烏頭女の瞳は淡い紫色に滲んでおり、見ている者を引き付けるような、不可解なほどの引力があった。その瞳に魅入られたように、茜は立ち尽くす。烏頭女は言葉を続ける。
「でも……魍魎の力があれば?」
伺うように、烏頭女は茜を仮面越しに見つめて言う。
「……そのととりですわ」
「茜!」
「では、あなたも……わたくしと同じことを?」
茜は瑞穂の声を無視して、烏頭女に問う。
「茜、いけない!その女は、会社を破壊したのだ!妖魔の置き土産まで残して……茜とその女は、同じなどではない」
「あら……うふふ、ちょっとイタズラがすぎたかしら?」
「いたずら?あれが?」
烏頭女の言葉に、瑞穂は眉を吊り上げる。しかし、そんな瑞穂とは対象的に茜は冷静な口調で「結構ですわ」と言う。
「茜!」
「続けてくださいます?もし魍魎を従わせる……その方法があると、おっしゃいましたわね?」
「ええ」
烏頭女は微笑しながら頷く。
茜としても、瑞穂の言葉を無視するわけではない。茜も烏頭女が怪しいことは充分に分かっている。そして、自分と同じ理想を持つ者が何の意味もなく会社破壊したり妖魔を放ったりしないであろうことも。
(それならそれで、かまいませんわ)
烏頭女は、おそらく自分を利用している……そう茜は感じた。それは間違いないだろう。だが利用されるつもりは、茜にはない。烏頭女の思惑を逆手に取ってやればいい、それだけのことだ。今の茜に必要なのは、魍魎を使役する方法だ。
(それさえ分かれば後は……)
後はどうとでもなる。そう考えた茜に、烏頭女は「これを見て」と何かを差し出した。掌に収まる程度の、どこか禍々しい色をした珠だ。
「これは魂よ……魍魎の、ね」
烏頭女の言葉に「なんですって!?」「バカな!?」と茜と瑞穂は目を見開く。
「魂を抜き取るなんて、余程のウデがなければ……」
茜は呆然とした口調で呟くように言う。
「普通、妖魔を使役するにはかなりの素質がなければならないと聞くが」
瑞穂がそう言うと、烏頭女は「ええ」と頷いた。
「そちらのお嬢さんのように……」
烏頭女は部屋の中を見回す。
「付喪神をこれほど完璧に使役させるだけでも相当な能力」
「けれど……わたくしにもできませんわ。付喪神でもない……それも強大な魍魎の魂を、そうまで完全な形で抜き取るなんて……」
「抜き取られた魂は、少しでも傷がつけば破壊されてしまう。だが、それは……」
瑞穂は烏頭女の手の中にある、魍魎の魂を凝視する。それには傷一つない。完璧な形だ。
「ええ、美しいでしょう?魍魎を操る種明かしは、これ」
「本物……だということは、間違いがなさそうだな」
陰鬱な顔で瑞穂は呟く。確かに瑞穂の言うとおり、それは紛れもなく本物のようだと茜は思った。その禍々しい珠からは、息が詰まりそうなほどの妖気が噴出している。このような強力な波動は、話に聞く魍魎のものに違いない。
「さて……返事を聞きたいんだけど?私に強力してくれるかしら?魍魎の封印を解く手伝いを……」
茜は内心で薄ら笑いを浮かべた。烏頭女は自分を利用しようとしている……だが、逆に利用してやる、と思った。種さえ分かれば後は隙を見て、魍魎の魂を奪い取ればいいだけなのだから。
「よろしいですわ」
「茜っ!」
「瑞穂、あなたも協力してくれますわね?」
「茜、私は……」
瑞穂の言葉を遮るかのように、烏頭女は「うふふっ」と笑う。
「嬉しいわ、お嬢さん。では、まず肝心の封印を解かなくてはね。先に向かっていてくれるかしら。二人でか、それとも、あなた一人でかは……どうぞ、お好きに。ここが、魍魎が封印されている場所よ」
と烏頭女は茜に、魍魎が封印されている場所を記した紙を放り投げた。
「では、あちらでまた会いましょうね」
揶揄するように言い、烏頭女は忽然と姿を消した。
「女!待たぬかっ!」
瑞穂は烏頭女を追うように、部屋から駆け出ていった。
「瑞穂っ!」
茜が声をかけた時にはもう、瑞穂の姿は見えなくなっていた……。
外に出ると、まるで待っていたかのように烏頭女の姿があった。
「あら、まだ何かご用かしら?」
笑いを含んだ声で、烏頭女は言う。
「女……貴様、何を企んでおる?なぜ茜にあのようなことを」
瑞穂の言葉には険が含まれている。茜を利用しようとしている烏頭女が許せないのだろう。烏頭女はそんな瑞穂に、「うふふっ」と笑いを投げ飛ばす。
「忠実な番犬だこと」
「何を!」
「ご主人様の命令を聞かなくてもいいの?あのお嬢さんは……うふふ、逆に私を利用するつもりらしいわよ」
「利用……?」
瑞穂は烏頭女の言葉に眉を寄せる。
「本当にわかりやすくて可愛い子。あんなにギラギラ目を輝かせて……私に協力するフリをして、隙を見てコレを奪ってやろう……魂胆が見え見えね」
「どの道、そのようなことはさせぬ。今この場で、私が魍魎の魂を破壊する!」
そう言って瑞穂は二本の刀を抜く。
「あなたにできるかしら?」
「黙れっ!」
「黙るのは、あなたよ」
瑞穂は構わず、烏頭女に向かって突進した。烏頭女の唇に笑みが浮かんだ瞬間、烏頭女の全身から強烈な妖気の波動が放たれる。
「くっ……」
その波動が、瑞穂の突進を止めた。突進を止められた瑞穂の視界に、信じられないものが入った。
「えっ……?」
それまで烏頭女が立っていた場所に、違う人物が立っていた。それは、瑞穂がよく知る人物であった。
「若菜殿……?」
そこに立っているのは烏頭女ではなく、若菜であった。呆然となる瑞穂……そこに、隙が生じた。どこからともなく伸びてきた触手が、瑞穂の四肢に絡まって動きを拘束する。
「し、しまった!」
と思った時には、もう遅かった。動きを封じられただけではなく、刀も奪われてしまっていた。
「うふふ、番犬は番犬らしくしていればいいのよ」
そう瑞穂に告げたのは、若菜ではない。烏頭女であった。
「女!貴様、幻を見せたか!?」
瑞穂は悔しさで歯噛みする。
「ご主人様の命令に忠実な番犬にしてあげる」
烏頭女は瑞穂の疑問に答えず、彼女を触手で拘束している妖魔に合図を送った。
妖魔は触手を器用に動かし、瑞穂のズボンを下げた。それだけではなく、ショーツ代わりのさらしをズラして、尻を露わにする。普段はさらしによって締め付けられているが、瑞穂の尻は女らしい丸みがちゃんとあった。
妖魔は下卑た笑みを浮かべて瑞穂の後ろに立つと、その身を屈めた。妖魔の眼前に、瑞穂の丸い尻が晒される形になる。
「ひうっ!?」
瑞穂は悲鳴を上げ、背を反らした。妖魔の手が瑞穂の尻を掴み、グイッと左右に広げたのだ。
「な、なにを……!?」
顔をひきつらせた瑞穂は首を巡らし、尻の方を見ようとするが、見えない。瑞穂の顔にあるのは、これから何をされるのかという怯えの色がある。何かをされようとしている尻……それが見えないことが、余計に瑞穂を怯えさせた。
妖魔は一度、怯えた表情を浮かべている瑞穂の顔を見る。妖魔の顔に浮く下卑た笑み、それが強まった。
そして、いきなり瑞穂の尻の谷間に顔を埋めた。
「や、やめろっ!」
瑞穂は尻から妖魔の顔を離そうとするが、妖魔は彼女の腰を掴んで逃さない。妖魔の顔が埋まる瑞穂の尻……その中央にあるキュッと皺が寄った穴に、何かが……生温かく濡れたものが触れた。
「ひっ!」
尻穴に触れたもの……それは、妖魔の舌だ。妖魔はビチャビチャと音を立てて、瑞穂の尻穴を舌で舐め回した。
「ひうあっ!や、やめろ……そ、そんなとこ……な、なめ、るな……ひぅっ!」
妖魔の舌が動くたびに、瑞穂の拘束されている体がビクビクと震える。舌で蹂躙される尻穴は勝手にヒクヒクと蠢いてしまう。まるで、舌で舐められているのを悦ぶかのように……。
瑞穂は何とかして妖魔の蹂躙から逃れようと腰を動かすが、その動きは逃げるというより、淫らに悶えているというようにしか見えなかった。
「う、あ……ひ、う……うぅ……」
尻穴から生じる快楽に、瑞穂の顔は汗で濡れて真っ赤になる。
腰の悶えは、どんどん大きく、淫らになっていく。
烏頭女は尻穴からの快感で悶えて喘ぐ瑞穂の姿を見て、楽しそうに笑っている。
妖魔の舌の動きは激しさを増していく。それに合わせるかのように、瑞穂の視界は霞がかかっていくようにハッキリと見えなくなっていく。
「ひぅう……あ、ああ……」
次第に頭の中が真っ白になっていく。何も考えられなくなっていく。感じるのは、尻穴から走る快楽のみ。
それを否定しようと思っても、否定できない。快楽を感じてしまう。
「う、うう……ああ……」
霞がかかったような視界の中で、瑞穂は火花が散るような感覚に襲われた。
その火花は段々と大きくなっていく。
妖魔が、ヒクヒクと蠢く瑞穂の尻穴を舌で強く突いた瞬間、
「あう……うあうあああっ!」
小さかった火花が、大きく破裂した。真っ白になっていた瑞穂の頭の中で、快感が爆破する。快楽の本流が全身に走り、瑞穂は大きく背中を反らした。
尻穴を舐められて絶頂に達した瑞穂から、妖魔が離れる。触手で拘束されている瑞穂の体から力が抜け、グッタリとなった。
烏頭女はクスクスと笑いながら、快楽の余韻でフルフルと震えている瑞穂に歩み寄る。
烏頭女の手には、何かが握られていた。
瑞穂の後ろ回った烏頭女は、妖魔と同じように瑞穂の尻を左右に押し広げる。
「はうっ!」
絶頂して敏感になっている瑞穂は、首を反らす。顔を濡らしている汗が飛び散っていく。
烏頭女は手にした何かを、妖魔の唾液で濡れた瑞穂の尻穴に当てた。
「な、何を……」
力のない声で聞く瑞穂に烏頭女は、
「言ったでしょう……番犬らしくさせてあげるって」
妖艶な笑みを浮かべながら、何かを瑞穂の尻穴の奥深くに押し込んだ。
「はうっ、はうああああっ!」
尻穴の皺を強引に広げられながら何かを押し込められた瑞穂の矯声が、夜空に響いた……。