第八章「蓮の花」
02
 放課後の喧騒の中、僕たちは自動販売機で買った缶コーヒーを手に、壁にもたれかかった。もうブラックを飲むのは止めた。苦いだけで美味しくなかった。
 ただ、今回選んだコーヒーは甘過ぎた。舌の上に残る甘さは不快だった。一概にお気に入りの缶コーヒーを見つけるのは難しいことだと知った。種類を選べるのは単純に消費者からすれば何も嬉しいことばかりではないようだ。
 
 選択肢があるということは、どちらかを選ばなくてはならないことだ。何が自分に必要で、何を欲しがっているのか。自分にとって一番いい選択肢を選んだはずなのに、(ふた)を開けてみれば失敗だったなんてことはザラにある。この甘ったるい缶コーヒーしかり。
 
「で、さっきの話なんだけど」
 
 先に切り出してくれたのは小嶋君だった。やっぱりどう切り出そうか言いあぐねている僕とは大違いだ。
 
「うん」
 
「僕には気になる子なんていない」
 
「向田さんは?」
 
 僕に言われた小嶋君はバツが悪そうに、頬を膨らませてかぶりを振った。
 
「茉夏さんはいい子だけど違う」
 
「じゃあ、高柳さん?」
 
「あいつは単なる幼馴染。恋愛感情の『れ』の字もない。たぶんあいつもそうじゃないかな」
 
「ふーん。幼馴染のいない僕にはよく分からないや」
 
 僕は逃げた。「分からない」の一言で。深く追求することも、小嶋君から発せられる言葉の本当の意味も。
 責任逃れのようなことを言ってしまい、僕は後ろめたさが残った。同い年であるはずの小嶋君と僕とでは、子供と大人のようだった。
 
「まあ、とにかく僕に今気になる子はいない。ハシケンの役に立てそうになないよ」
 
「昔は? 昔に好きな人はいた?」
 
 ゴミ箱に飲み終わった缶コーヒーを捨てた小嶋君の表情が一瞬真顔になった。が、すぐにふわりと表情は緩んだ。
 
「今も昔も大事に想っているのは“あの人”だけさ。じゃあ、バイトがあるから」
 
 もうこの話はここまでにしよう。そんなメッセージが込められていた。そう言われてしまえば、僕は頷くしかなかった。
 
  ◇
 
 まだ塾へ行くには時間があった。どこかで時間でも潰さなくては。
 そう思いながら階段を下りていると、踊り場で向田さんと目が合った。
 
「ねえ、さっき翼君と何を話していたの?」
 
「別に世間話だよ」
 
「ふーん。最近仲が良いよね」
 
 嫉妬か。そう思ったけど、僕たちは同性同士だからその線は薄いはずだ。
 
「そうかな。別に普通だよ」
 
 小嶋君からは意識をされていないと言われてしまった後に、向田さんのことを見ているのは辛かった。彼女は明らかに小嶋君へ好意を抱いているのに。
 
「ねえ、そしたら、翼君に気になる子はいないのか訊いてくれない?」
 
 それなのにどうしてだろう? 僕の気持ちをあざ笑うかのように、深い沼へと自ら堕ちようとしているのは。


■筆者メッセージ
侍JAPANは無事に初戦を勝ったようですね。
さすが札幌ドームで相性のいい大谷を出しただけのことはあります。
( 2015/11/09(月) 01:38 )