03
徒歩で来た、福岡さんとは帰り道は途中まで同じだった。だから僕たちは夜の街を二人で歩く。女の子とこうして夜道を歩くなんて、初めてのことで僕はドキドキしている。好きでもない相手なのに。
「そっか。好きな人がいる、か」
真面目な人だ。だからこそ僕は好きな人が居て、その悩みを打ち明けた。さすがに江籠さんの名前は出さなかったけど。
「青春だね」
「あの、福岡さんはいないんですか?」
「私? うん。いないのよねえ。女子高だし。もちろん男の子と付き合っている子はいるよ。けど、私には早いような気がして」
「早い?」
「なんていうかな。無理やり好きな人を作るものじゃないというか、今って恋に恋しているっていう感じじゃない、みんな。本当に相手のことが好きなのかなって」
福岡さんが言いたいことは、なんとなく分かった。実は相手のことが好きなんじゃなくて、恋愛をしている自分が好きなのだ。
「けど、僕はそうじゃありませんよ。相手のことが好きなんです」
「いや、私は何もハシケンのことを言っているわけじゃないの。あくまで私の周りっていうか」
ハキハキと喋る福岡さんにしては、珍しく歯切れが悪かった。
「何かあったんですか?」
「……うん。あのね、誰にも言わないでくれる?」
「もちろん」
隣を見る。見上げた福岡さんの猫のような目が見え、すぐに黒い髪に変わった。
「今日ね、言われたの。私に恋愛相談をしている子から」
「なんて?」
「『聖菜は人を好きになったことがないから、私の気持ちなんて分からないんだよ』って。ハシケンと似たような質問をされたから、同じようなことを言ったら、そんな言葉を返されたわ」
福岡さんの声には、悲哀とわずかに憎悪の気持ちが込められているようだった。
「酷いですね。相談をしてきたのに」
「ううん。別にその子は私に相談をしてきたわけじゃないの。私が勝手に訊いただけ。悩んでいそうな雰囲気だったから。恋愛をしたことのない人間からの、いらないお世話だったけどね」
自嘲する声にも、悲哀は隠せなかった。僕はギュッと胸を鷲掴みにされた気分になった。
「結局、私に出来ることなんて、進路の話ぐらいしかないのよ。かといって、大学もまだ行ってもなければ、合格が決まってもないくせにね」
「受験はまだ先ですから、それはしょうがないですよ」
「……うん。優しいね、ハシケンは。こんな役に立たない相手に」
そんなことはない、そう言おうとした時だ。福岡さんが泣いていることに気が付いたのは。顔こそ見えないが、肩を震わせているのが分かった。
どうしよう。後ろからそっと抱きしめる? それとも、何も言わずにハンカチを差し出す?
女の子が自分の横で泣いている。僕はそれだけのことに、頭の中が真っ白になってしまった。