第七章「涙がキラリ☆」
02
 高い授業料を払ってもらっているのだから、もっと授業に集中しなくてはいけないのは、分かっている。
 それなのに僕は江籠さんのことばかり気になって仕方がなかった。わざと後ろから見える位置にいつも座っている。幸いにも、江籠さんは最前列にも最後尾にも座らない人だった。
 
 黒板とノートを行ったり来たりする目。江籠さんの目は、冷淡な目つきではなく、むしろ温かみを感じさせる慈愛に溢れたような目つきをしている。
 肩よりも下に伸ばした黒い髪。染髪が禁止されている学校なのかどうか分からなかったけど、とても江籠さんに似合っていて、日本人形のような美しさだ。
 
 弟と妹がいると言っていた。長女だから、きっと性格的にも穏やかなのだろう。奈々未姉とは違って。
 そう考えると、理不尽に思えてならない。片や優しくて、清楚なお姉ちゃん。片や女を半分捨てたようなサディスティックな姉。どうして同じ長女なのに、こうも違うのだろう?
 
 ああ。江籠さんのことをもっと知りたい。どこの学校に通っているだとか、どんな食べ物が好きだとか、どんな映画を観ているのか。
 僕の中で彼女を知りたいという欲求が日増しに膨らんでいく。とめどない欲求を僕は毎日抱えて最近は過ごしている。
 
 こんなことならば、白間さんを止めなければよかった。同性である白間さんになら、もっと違うこと――例えば、好きな人はいるのかどうか話していたのかもしれないと思うと、勿体ないことをしてしまったと後悔している。
 壺のご利益は確かに感じている。けれども、それ以上先をどう進めたらいいのか、僕は分からないでいる。
 
  ◇
 
 自転車に乗って、さっさと帰ってしまった江籠さんを見送っていると、自然と溜め息が出た。僕も自転車で行けばいいのだろうけど、家は反対方向だ。送っていく間柄でもない。
 
「どうしたの? 溜め息なんてついちゃって」
 
 背後からそんな声が聞こえ、僕は振り返った。
 
「ああ、福岡さんでしたか。こんばんは」
 
 福岡聖菜さんだった。制服ではなくて、私服を着ていた。
 
「こんばんは。溜め息をついたら、幸せも逃げちゃうわよ」
 
 柔和な笑みを浮かべた彼女は、やはり向田さんに似ている。
 
「まあ、ちょっと色々ありまして」
 
「悩み事? よかったら聞くわよ」
 
 どうして年上の人というのは、こうも人の悩み事に敏感なのだろう。奈々未姉を除く、女性というのは、そういうものなのか。
 
「悩み事という、悩み事じゃないんですけどね」
 
「進路のこと? まだ時間はあるだろうから、焦らなくてもいいわよ。じっくりと自分が一番やりたいこと、合うことを見つけたらいいと思うわ」
 
「いや、進路のことじゃありません」
 
 僕の言葉に、福岡さんは首をかしげた。いつだってこの人は進路のことばかりだ。恋愛に興味のない人なのかもしれない。


■筆者メッセージ
最近朝方が寒いです。
今日も一度朝の四時頃に寒くて目が覚めました。
原因は分かっています。
暖房をつけているわけでもないのに、Tシャツと短パン姿でタオルケットだけしかかけていないからです。
今夜からは毛布にしようと思います。
( 2015/10/18(日) 08:55 )