05
爽快な気分で通学路を歩いていると、学校が見えた。我が学び舎。いつもならまた一日が始まるのかと重たい気持ちになるが、昨夜のことがあって僕はそんな気持ちを微塵も感じなかった。
まだ人がまばらな下駄箱で靴を履きかえていると、永尾先生を見つけた。上下黒色のスーツにはストライプが入っている。
「おはようございます」
「おはよう。早いわね」
永尾先生の近くからは香水の匂いがした。香水には疎い僕だから、何の銘柄なのかさっぱり分からなかった。
けれど、今度から香水でも付けようか。永尾先生を見てそう思った。身だしなみは大切であり、臭いよりはいい匂いの方が絶対いいに決まっている。
「先生って、何の香水を使っているんですか?」
「女性用の香水よ。橋本君が付けたらおかしいわよ。でも、どうしてそんなことを訊くの?」
「いやあ、僕も香水でも付けようかなって思って」
校則では、確か禁止されていなかったはずである。仮に禁止をされていたとしても、付けている生徒はたくさんいるし、問題ではないだろう。
「まだ高校生でしょ? 早過ぎるわよ」
「でも臭いよりはいいですよね」
「そうだけど。毎日お風呂に入っていれば大丈夫のはずよ」
「まあまあ。男はすぐに臭くなるんですよ。ところで、永尾先生はどんなにおいが好みなんですか?」
香水に疎いといっても、においに種類があることぐらいは知っている。
「うーん。甘過ぎず、サラッと香る程度のものがいいかしら。ムスク系よりも、マリン系みたいな。でも、付け過ぎは厳禁だけどね」
ムスク系やマリン系と言われても、どんなにおいなのかあまりピンとこなかった。とりあえず、付け過ぎはダメなのは分かった。
「分かりました。貴重なご意見ありがとうございます」
「何かあったの?」
「まあ、ちょっと」
「好きな子が出来たのは分かるけど、外見ばかりに気を取られちゃダメよ。中身の薄っぺらい人間になっちゃうわ」
「気を付けますけど」
僕は当たりを見渡して、誰もいないことを確認する。
「永尾先生は秋山先生のどこに惹かれたんですか?」
「ちょっと、それを学校で言わないで」
それまで余裕を見せていた永尾先生が、突然その一言で慌てふためく。教師同士の恋愛というのは、こんなにも隠さなくてはならないのだろうか。
「一応誰もいないみたいですし。教えてくださいよ。参考にしたいので」
「参考も何も、ねえ。たまたまよ、たまたま。たまたまそこにいて、気が合って、『じゃあ付き合おうか』って」
「それは永尾先生から?」
「違うわ。あっち」
「やっぱり男がリードをしなくちゃいけないんですね」
「いけないっていうわけじゃないけど、でも大抵の女の子はしてもらいたいんじゃないかしらね」
そう考えると、昨日の自分はあれでよかったのだと、僕は自信を感じ取った。特に江籠さんのような控えめなタイプには効果てき面だろう。
「参考になりました。ありがとうございます」
僕は一礼して、会話を打ち切った。教室へ向かう道すがら、二人はもう肉体関係を持っているのだろうかと考えた。