09
「ああー。ちょっと待ってよ」
グッとカバンを掴まれた。
「離してください」
「ねえ、買ってよ。今月ノルマがやばいの」
「知りませんよ、そんなの。他を当たってください。おまけに僕はお金を持ってませんから」
その一言でパッとカバンが離された。
「一円も?」
「さすがにそれはありえませんけど」
オアシスへ行く予定はなかったから、今財布の中の持ち合わせはどれくらいか分からなかった。ふと気になって尻ポケットから財布を取り出し、中身を見た。
「いち、にー、三千円もあるじゃない。買っててよ」
「ちょっと、人の財布の中を見ないでください」
髪の分け目の地肌まで見える距離にいるのだから、財布の中身が見られるのはこちらの不注意だった。
「そうしたら、これなんていいんじゃない? 値段も千円だし」
ブルーシートの上を注意深く歩くと、彼女は小さな壺を持って来た。デザインは幾何学模様で、オシャレなんて絶対に言えない。
「センスが悪いですよ」
「そう? 君によく似合ってると思うけどな。ほら、この模様とか悩みに直面しているように見えない?」
「見えません」
何をどう見ても薄気味悪いとしか見えなかった。
「ねえ、買って」
「嫌です」
「買って、買って」
Yシャツの胸元を握られ、振られる。そうすると、僕は彼女のある部分に目が行った。
彼女の着ているTシャツの胸元は緩く、僕と彼女の身長差から双丘がチラリと見えるのだ。
きっと前までの僕ならば目をサッと逸らしていたことだろう。しかし、豊満な白間さんの胸を揉んだのだ。白間さんから比べると小ぶりな胸に自分でも驚くほどに冷静で、邪な考えがパッと思い浮かんだ。
「おっぱいを揉ませてくれたら、買ってあげてもいいですけどね」
僕の言葉に、彼女は目を見開き、Yシャツを握っていた手を離した。
「え? おっぱいを?」
「そうです。嫌ならサヨナラですね」
冷酷に言い放つ自分がいた。いいぞ、ハシケン。負け犬根性が染みついた自分から脱却するんだ。
「えー。君って高校生だよね? セクハラよ、それって」
「高校生に買わせる方がどうかとは思いますけどね」
「マセガキ」
「結構。で、どうします」
いいぞ。僕は弱い自分を想像するのではなく、小嶋君ならどうするか考えながら彼女と対峙する。
もうあの頃の僕はいない。生まれ変わったのだ。
「胸は、嫌だなあ」
「じゃあ、この話はなかったことに」
当たり前だろう。好きでもない男に胸を揉まれるなんて、白間さんぐらいしかいないはずだ。僕は勝ち誇ったように、その場を後にしようとした。
「でも、チューならいいよ」
だけど、唇を突き出す彼女を見て、僕の頭の中から小嶋君はさっさと消えた。