06
待ちなさいよという背後からの声を無視して大股で歩く。もう白間さんに嫌われようが、なんだろうがどうでもよかった。胸は揉めたのだ。むしろラッキーと考えていいぐらいだ。
「待ちなさいって言ってるでしょ、このクソガキ!」
夜の静かな街並みだからこそ聞こえる大きな足音が背後から聞こえて来たかと思えば、僕の背中に衝撃が走った。
僕は危うく転びそうになったが、何とか持ちこたえた。
「何するんですか」
「あんたが待たないから悪いんでしょ」
「だからって蹴飛ばしていいわけないでしょ」
「蹴飛ばしてないわよ。膝蹴りをしただけ」
「一緒じゃないですか」
背後から膝蹴りを食らわせる女子高生。奈々未姉といい、僕の周りには武闘派の女性しかいないのか。
「同じよ。それより、逃げるんじゃないわよ」
「別に逃げてませんって。これ以上言っても無駄だと思ったんです」
「無駄とは何よ、無駄とは。あんたがいつまでもうだつの上がらないことばかり言っているからじゃない」
「しょうがないじゃないですか。事実ですし」
怒る気になんてなれなかった。白間さんの言っていることは最もだし、自分が弱い人間だとも分かっている。
けれど、どうしようもないのだ。運命に抗うことが出来たとしても、変えられないように、僕の運命もどうせ江籠さんと交わることなんてありえない。決定事項なのだ。
「あんたねえ……」
溜め息を吐いた白間さんは、もはや怒りを通り越して呆れた様子だった。
「負け犬根性が染みついているわ。これじゃあその子も振り向かないわけだわ」
「もうそれでいいです。だからこれ以上僕に関わらないでください。じゃあ」
「あんたの人生、それでいいの?」
来た道をまた戻ろうとしたら、そんな声が聞こえて僕は後ろを振り返った。
そこには、腕を組んで仁王立ちした白間さんが立っていた。
「ええ。構いません」
だからといって、僕は特別な反応をするわけではない。なんだか白間さんはドラマか何かの真似をしているかのように見えたからだ。これでは僕を説得するというよりも、自分に酔っているといった方が正しく思えた。
「ちょっと。もうちょっといい反応してよ。せっかくドラマっぽくやったのに」
やっぱりか。すぐさま背後から迫って来て僕の腕を取る白間さん。その顔は笑っているように見えた。
「そうだと思いましたよ。もう」
「青春ドラマっぽくて良かったでしょ」
歯を覗かせる白間さんを見ていると、心がスーッと軽くなるのを感じた。
「参りました。お世話になります」
どうせいくら逃げてもこの人は地獄の果てまで着いて来るだろう。自分が面白いと思えば、どこまでも追いかけて来る。
それが白間さんなのだ。僕は両手を上げて降参するしかなかった。
「任せなさい。全部私がいいようにやってあげるから」
豊満な胸をポンと叩く白間さん。改めてこの胸を揉んだんだなと思うと、今になって顔がカーッと熱くなるのを感じた。