第五章「船頭多くして船山に上る」
04
 白間さんの言葉に、僕は歩く足を止めた。この人は何を急に言い出すのだろう。
 
「えっと、すみません。意味が分からないんですけど」
 
「だから、あたしのおっぱい揉んでみないって言っているのよ。結局揉めなかったんでしょ? お姉さんの」
 
 代わりにキスのようなものはされた――変な誤解を招きたくなかったから、僕はその部分を言わなかった。だからこそ、巡って来たチャンスなのかもしれない。僕はつばを飲み込んだ。
 制服の上からでも分かるほど豊満な胸。二つの双丘は僕にとって未知のものだった。
 
「あの、本当にいいんですか? 殴らない、ですよね」
 
「殴らないわよ。ほら、男なら一気に」
 
 辺りを見渡すと、誰もいないようだった。僕は白間さんの心が変わる前に、その好意に甘えることにした。
 据え膳食わぬは男の恥。ドクドクと音を立て始めた鼓動を感じながら、僕の頭の中ではそんなことわざがふいに出て来た。
 
「あっ、ふぅ」
 
 Yシャツの下にあるTシャツと、更に下にあるブラジャーの感触がした。何枚もの繊維の奥底に柔らかなものがあった。
 これが女の人の胸――僕は手をゆっくりと握り、また開いては握った。
 
「んっ……」
 
「ちょっと、変な声を上げないでくださいよ」
 
「いやあ、そっちの方が臨場感っていうか、『揉んでるぞ』っていう気になるかなって思って」
 
 てっきり僕はテクニシャンで、初めてなのに秘められた才能が開花したのかもと淡い期待が膨らんでいた。だけど、それは脆くも消え去った。
 
「あの、僕は上手い方ですか? それとも下手ですか」
 
 何度か揉んでいるけど、手はまるで乳離れの出来ない子のようになかなか離れようとしなかった。
 
「洋服の上だからねえ。やっぱり気になるんだ。童貞でも」
 
 事実とはいえ、やっぱり童貞と言われると僕の心は傷ついた。乳離れ出来ない子供とは、僕のことのように感じる。
 
「まあ、童貞にしてはいいセンいっていると思うわよ。なんせあたしの初めての彼も童貞だったけど、胸を揉まれた時すごく痛かったもん。運動部っていうのもあったけどね」
 
「はあ。そうですか」
 
 性感帯であるはずの胸を揉まれながらも表情を一切変えない白間さんに、僕は今の自分の実力を知った。きっと白間さんだからこういってくれるのだろう。奈々未姉なら「下手くそ」と言って蹴飛ばしていたに違いない。
 
「あの、ありがとうございました。すごく嬉しかったです」
 
 期待していた活躍は出来なかったけど、僕は気持ちを入れ替えることにした。初めて女性の胸を揉んだのだ。それでいいじゃないか。
 
「お礼を言うのはいいんだけど、そろそろ手、離さない?」
 
 気持ちを入れ替えようと思っていても、身体は正直のようだ。僕の手はまだ白間さんの胸を揉み続けていた。


( 2015/10/04(日) 06:21 )