第五章「船頭多くして船山に上る」
03
 夜の街は昼間とはまた違った顔を見せる。太陽が沈んだ街は人工的な明かりが灯り、周囲を照らしている。
 拒否権のないジュースを片手に、僕らは橙色の明かりが灯る街中を歩いた。スーツ姿の大人たちと何人もすれ違う。僕も大人になったら彼らのようになるのかなと思うと、まるで実感は湧かなかった。
 
「でも、職場恋愛ってどうなのかしらね。色々とめんどくさいと思わない?」
 
 炭酸の入ったグレープジュースを飲みながら白間さんが訊いてきた。
 
「めんどくさい、ですか? 僕はむしろそっちの方がいいかなと思ってるんですけど」
 
「いつも会えるからでしょ。意外とそんな恋って長く続かないと思うわ。距離が互いに近過ぎるのって、案外考えものよ」
 
「そんなものですか」
 
 白間さんに言っていることは理解出来たけど、違うような気がした。彼女のいない僕だけれど、彼女が出来たとすれば毎日一緒に居たい。
 
「ね、ハシケンって彼女とかいたことはある? 笑わないから正直に言ってごらん」
 
「ないです。一度も」
 
 走っていたせいで僕はとっくに白間さんと同じジュースを飲み干してしまっていた。まだ喉は渇いている。もう一本買おうか。
 
「だと思った。はい、あげる」
 
 そんな僕の様子に気付いたのか、白間さんはサッと飲みかけの缶を手渡してきてくれた。重さから察するに、まだ中身は半分ほど残っているようだ。
 
「はあ。どうも」
 
 ちょっと躊躇したが、僕はグイッとそれを飲んだ。二回目の間接キス。身体の奥底が震えるのを感じる。
 
「ってことは、ハシケンはまだ童貞か。まあ、高一じゃ普通よね」
 
「あの、白間さんはもう済ませているんですか」
 
「ええ。ごめんなさいね。処女じゃなくて」
 
 恥ずかしがることもなく、サラリと言ってのける白間さんがやたら大人びて見えた。僕の中では性体験を済ませている人が大人に見えて仕方ないのだ。
 
「いや、別に謝らなくてもいいですよ。僕の姉も僕の歳の頃にはとっくに済ませていたって言っていましたし」
 
「へー。ハシケンって、お姉ちゃんがいるんだ。うん、言われてみれば分かるかも」
 
「酷いんですよ。今日だってローキックをしてくるし。後ろには階段があるのに」
 
 僕は奈々未姉のことを白間さんに全部話した。自分でも知らないうちに鬱憤が溜まっていたようだ。
 
「まあ、でもハシケンのお姉さんの気持ちも分かるかな。なんか、ハシケンってからかいたくなる雰囲気を持ってるし」
 
「全然嬉しくありませんけど。そんな雰囲気」
 
「あら。貴重よ。“そういう”性癖を持った女性だっているわけだし」
 
「ドS的な?」
 
 スーツを着るようになってなお、僕は奈々未姉のような人と日々を過ごさなくてはならないのか。そう考えると、自分が情けなく思えた。
 
「そうね。でも、ハシケンって結局おっぱいを揉めなかったのよね。じゃあ、あたしの胸、揉んでみる?」


( 2015/10/04(日) 06:21 )