06
なんでこんなにも寂しそうな顔をするのだろう。
僕は疑問に思いながらも、それを問い質せずにいる。安易に訊ける雰囲気ではなかった。
「ねえ、不倫をしてみたいって思う?」
表情を変えないまま、白間さんは抑揚のない声で言った。
「不倫ですか? いやあ、僕はしてみたいと思わないですね」
「奥さん一筋なんだ」
「当たり前じゃないですか。そもそも不倫は犯罪ですし」
万引きや痴漢に並ぶ、身近にある犯罪だった。
「ハシケンに愛される子って、幸せなのかもね」
「白間さんはどうなんですか。不倫、してみたいですか」
一瞬だけ白間さんの目と僕の目が合った。が、すぐに彼女はその目を逸らしてしまった。
「あたしだって願望が全くないわけじゃないわよ。もちろん悪いことだって分かってる。けど、そういう道をたどりそうな気がするのよ」
「どんな道ですか。不倫への道って」
冗談だと思った僕は、カラカラと笑った。
「轍みたいなものよ。ほら、ゴルフでパットを入れるシーンってあるじゃない。あれよ、あれ。道筋は真っ新じゃなくて、そこに沿うように出来ているの。あたしたちはその上を歩いている」
「本気で言ってます?」
いつになく真剣な白間さんの顔に、僕から笑いが消えた。
「なんてね。冗談に決まってるじゃない。やあね、ハシケンったら」
寂寥感のある顔から一変、表情を崩した白間さんはバシバシと僕の肩を叩いて来る。
「なんだ、冗談か。正確悪いですよ、もう。てっきり本気なのかとばかり思っちゃいましたよ」
肩に感じる痛みは、なぜか心地良かった。女の子とこうしてじゃれ合うのは、たまらなく気持ちがいいことなのだと僕は初めて知った。
「で、ハシケン。あのコンビニの子は好きなんでしょ」
僕の肩を叩き終えた白間さんは、ニヤニヤとした顔で訊いてきた。
目まぐるしく、僕の頭が回転を始める。恋愛に疎い僕よりも、白間さんにアドバイスをもらった方がいいのではないだろうか。
いや、きっと彼女のことだ。その話をネタに茶化すに決まっている。だから江籠さんへの気持ちは胸の内にしまっておくべきだ。
短時間の中で僕の頭は二つに絞られた。言うべきか、言わないべきか。
シンプルな二つの選択肢に答えを見いだせずにいる僕に、白間さんはわざとらしく溜め息をついた。
「あんたって分かりやすい子ね。今時ここまで分かりやすい子はいないわよ」
「え? いや、そんなはずは」
「いいわ。あたしが協力してあげる。任せなさいよ。あたしに任せれば全部良いようにしてあげるからさ」
また僕の肩をバシバシと叩く白間さん。
けれど、不思議なことに今度は全く心地良くなんてなかった。