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やっぱりつまらないテレビ番組をさっさと消すと、リビングはまた食器がぶつかり合う音と、咀嚼する音、遠くから犬の鳴き声が聞こえた。
堪らず、母さんが口を開く。
「塾はどうだった? やっていけそう?」
「うん。特に何も問題はなかったよ」
大皿に盛られた唐揚げに箸を伸ばしながら、僕は答えた。問題は塾の前に起きていたけど、それを話す気になんてなれなかった。
「ちゃんと通いなさいね。高い授業料を払っているんだから」
「分かってるよ」
僕がぶっきらぼうに答えると、家のチャイムが鳴った。
「もう。誰よ、食事中に。はーい」
母さんは大きな声で返事をすると、スリッパの音を立てながら玄関へと急ぎ足で向かって行った。
「誰だろうね」
お茶で口の中を潤ませている奈々未姉に向かって言った。
「さあ?」
けれど、奈々未姉は興味なさそうで、また箸を持って唐揚げを摘まんだ。
「奈々未姉は塾へ通わないの?」
唐揚げを口に入れようとした奈々未姉は動きを止めた。口元を開け、僕のことを見る。
「通わないわよ。バイトもしてるし、これ以上お金がかさんだらお母さんも怒ると思うから」
「自分のバイト代で通えば?」
僕が言うと、足のすねを蹴られた。しかも結構な強さで。
「痛いよ」
「バイト代の半分は貯金して、もう半分は携帯代と自分の好きな物を買うって決めてるの。そんな塾なんて、余計な出費をするわけないでしょ」
人には塾へ行けと行ったくせに。しかし、バイトも何もしていない僕には言い返せるわけがなかった。
「そうですか。それは悪うございましたね」
「ムカつく。お茶」
「はいはい」
ちょうど僕の湯呑みも空になっていて、入れようと思っていたところだ。あくまで奈々未姉のは、ついで。そう。ついでなのだ。
文句を言ったら何をされるか分かったものじゃないから、僕はそう理由付けて自分を納得させる。負けているようだが、これが最善策なのだ。勝ってもいなければ、負けてもいない。いわば引き分けに持ち込んでいるのだ。
「ところでさ、前に小嶋君にラブレターを渡してって言われて、預かっていたことがあるよね? あの後どうなったの」
急須にお湯を注いでいると、奈々未姉が思い出したかのように言った。まさかこのタイミングで思い出すなんて。この人は預言者か。
恐ろしくなった僕だが、白間さんのことは伏せておこうと思った。この人にそんなことを言ったら、格好の獲物を差し出すことになってしまう。
「さあ? 僕は知らないな。その後のことは」
「ふーん。あんた意外と小嶋君と仲が良くないんじゃない? 知らないってさ」
確かに僕は小嶋君の連絡先も知らなければ、白間さんとの件も知らなかった。だけど、それを奈々未姉に指摘されたくなかった。
「僕だって知らないことはたくさんあるよ! 見とけよ、奈々未姉。もっと小嶋君と仲良くなるんだから」
自分の湯呑みにはお茶を入れず、奈々未姉にだけ注ぐと、僕は奈々未姉の目の前にドンと置いた。なみなみと注がれた熱いお茶が、衝撃で跳ねる。
「ちょっと、あんた」
「ごちそうさま!」
僕は逃げるようにリビングから出て行った。