第二章「真澄さんのアウトロー」
01
 翌日の空は相変わらず雲が多くて、いつ雨が降ってもおかしくなかった。昨日の反省を含め、僕は折り畳み傘ではなく、ジャンプ傘を持って行くことにした。
 カバンの中には昨日預かった小嶋君へのラブレターが入っている。今日彼と会ったら忘れないうちに渡しておかなければならない。
 小嶋君への嫉妬心は、まだ僕の心の中で巣食っていた。と、いっても微細なものだ。小石程度のことなのに、僕の心は乱れているのはなぜだろう。
 
 バス停に小嶋君はいなかった。さすがに二日連続でバス登校はしないか。そうなると、面倒だった。ただでさえ彼は校内では誰かしらといることが多い。二人きりで渡すタイミングが難しそうだった。
 二人きりで渡すと考えた時、これではまるで僕が彼にラブレターを渡すようじゃないかと思った。なぜか心臓も高鳴りを見せ始めている。
 
 僕は急に叫びたくなった。カバンからこの忌々しい物を破り捨てたい衝動に激しく駆られた。なんでこんな物で僕が苦しまなければいけない?
 バスが来るのを待てずに、僕は駆け出した。朝の街を僕は遅刻しそうな人間のように走る。朝の街はやっぱり昨日の雨でまだ濡れていて、金魚が入った水槽のにおいがした。
 
 
  ◇
 
 
 運動部でもない僕が全速力をしたのは、久しぶりのことだった。おかげで足はパンパンで、汗が滝のように滴り落ちている。僕は自分の身体のにおいを嗅ぎ、トイレへと向かうことにした。
 個室に入って、汗で濡れたYシャツを脱ぐ。中のTシャツも汗で張り付いている。江籠さんと会うのに汗臭い男じゃダメだと思って買っておいた制汗スプレーと汗拭きシートがまさかこんな時に役立つとは。備えあれば憂いなしとは、このことなんだと実感しながら、僕は身支度を整えて、個室から出た。
 
「よう。ハシケンだったのか」
 
 個室のドアを開けると、小嶋君が用を足しているところだった。振り返って、また前を向き直して、便器から離れた。
 
「おはよう」
 
「おはよう。今日も生憎の天気だな」
 
 手を並んで洗う。
 
「そうだね。そういえば、昨日は大丈夫だった?」
 
「ああ。酷い雨だったね。バイト先にいたから濡れなかったのがラッキーだよ」
 
 そうか。小嶋君は雨に濡れなかったか。そう思うと僕はホッとした気持ちになったと同時に、辺りに人が居ないことに気が付いた。
 そう気付いた僕は、トイレから出ようとする小嶋君を慌てて引き留める。
 
「ちょっと待って! 預かっている物があるんだ」
 
 僕はカバンの中から忌々しいラブレターを取り出した。
 
「昨日校門の前で渡されたんだ。『小嶋君に渡して』って。確かに渡したよ」
 
「ああ、サンキュー」
 
 お礼を言って小嶋君の手が僕からラブレターを取って行った。
 
「中身は見てないから」
 
「誰も中身を見たかって訊いてないよ。おまけに、ハシケンがそんなことをする人間じゃないっていうのは分かってるから」
 
 小嶋君は僕の肩をバシバシ叩くと、トイレから出て行った。小嶋君にボディタッチをされた僕は、しばらくその場で呆けた。


( 2015/10/04(日) 23:02 )