第一章「僕はホモじゃない」
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 放課後の教室内の喧騒は、おそらく一日の中で最も大きいだろう。部活に行くクラスメイトに紛れて僕も教室から出て行く。
 誰かが言った。「お前って帰宅部のエースだよな」って。帰宅部にエースも何もないような気がするけど。
 
 僕だって実は部活に入っていた。ただ、部員が足りずに解散してしまったのだ。胡散臭い先輩にどうしても入ってくれと勧誘されたのに、その先輩は五月病だかなんだかで結局学校を辞めてしまったのだ。
 おかげで僕は帰宅部になった。解散なんて、そんなバンドじゃあるまいし。人数が減ったって、部を存続させてくれてもいいじゃないか。校則では、原則生徒は部活に入る決まりになっているのだけど、こんなゴールデンウィークが過ぎて六月に入っている中で、新しい部になんか入れるわけがないじゃないか。
 
 だから僕はこっそりと帰っている。本当はエースなのだから堂々と帰ってもいいけど、小心者の僕にはこっちの方がしっくり来るのだ。
 
「さあ、帰宅部のエースハシケンこと、橋本健太郎君。最終コーナーを曲がりまして、いよいよ下駄箱が見えて来ました」
 
 一人で帰るのが寂しいものだから、最近では無意識のうちに独り言が増えていた。今日の僕は競馬やマラソンの実況よろしくばりに、廊下を駆けながら呟いている。
 
「下駄箱に今ピットイン。さあ、何秒で靴を履きかえられるか。おおっとこれは早い」
 
 今度はF1の実況に入った。唸るマシン。ピットインを済ませた身体が外へと投げ出される。
 外は今朝のように曇り空で、今にも雨が降り出しそうだ。運動部の掛け声を背に、僕は足早に校門を目指す。
 
「あの、すみません」
 
 校門がいよいよ間近に迫った時だ。物陰からこっそりと女子生徒が飛び出して来た。制服は同じだったから、きっとこの学校の生徒だろうが、僕は彼女の顔を初めて見た。
 
「はい。なんでしょう」
 
 まさかナンパか? 僕はドキドキしながら、それでも平穏さを出すように、小嶋君のような笑顔を作った。
 
「小嶋翼君って知ってますか? 一年生の」
 
 鏡がないから自分が今どんな顔をしているのか分からない。確実にいえることは、僕の顔から笑顔が消えたということだけだ。
 
「え、ええ、知ってますよ。同じクラスですから」
 
 そう言うと、急に女生徒の顔がパッと明るくなった。電気を点けるみたいに。
 
「そうなんですね。ラッキー。じゃあ、これ渡しておいてください」
 
 カバンから一枚の封筒を取り出すと、彼女は僕に渡してさっさと行ってしまった。
 
 ラブレターだ。僕がもらったわけじゃないのに、なぜだか心臓が破裂しそうなほど高鳴っていた。


( 2015/10/04(日) 05:54 )