09
風呂に入って、自室のベッドの上でゴロゴロしているとノックの音が聞こえた。どうせ奈々未姉だろう。返事をすると、案の定奈々未姉が開いた扉の隙間からこちらを伺っていた。
「どうしたの?」
「いや、あんたがオナニーしてたらあれかなって思って」
「しないよ」
携帯電話をその場に置くと、僕は上半身を起こした。
「で、何の用」
「あんたの告白がどうだったか気になってさ」
「ああ。告白は出来なかった。また明日か今度するよ」
「そう」
てっきり、情けないとか、やっぱり童貞ねとバカにされるかと思っていたけど、奈々未姉はそんなことを言わず、あっさりとベッドの脇に腰を下ろした。
「何よ」
「いや。てっきり奈々未姉のことだから罵倒してくるのかなって思って」
「失礼ね。あたしだって今日こそ告白しようって思って出来なかったことなんてたくさんあるから、あんたにそんなこと言えないわよ」
奈々未姉と話していると、意外なことがたくさん見つかるようになっている。これまで、そんな類のことを話したことがないからかもしれないけど、それは新鮮で僕の目を引くことばかりだった。
「へえ。奈々未姉も告白出来なかったことなんてあるんだ」
「あのねえ。あたしを何だと思ってるのよ。あたしだって人間。分かる? 童貞&夢精ボーイ」
僕の通り名に夢精まで加わってしまった。奈々未姉は女のはずなのに、僕だって言わないことを平気で口にする。
「好きで童貞じゃないし、好きで夢精したわけじゃない」
「分かるわよ。無自覚な変態ね」
「僕じゃない。奈々未姉だ。こんな童貞だの、夢精だの。年頃の女性なら、もっと淑女らしく振舞ってもらいたいものだね」
「やかましいわ」
僕は水平チョップを食らうと、倒され、腕を取られた。
「痛い、痛いって」
そのまま腕ひしぎ逆十字固めを食らい、僕は悶絶した。
「ギブ、ギブアップ」
空いた手でタップをしていると、ふいに取られていた手が奈々未姉の胸に触れた。
「セクハラ」
「そっちがいきなりプロレス技なんてするからでしょ」
ようやく解放されると、僕は慌てて奈々未姉から距離を取った。
「乙女の胸を触りやがって」
「不可抗力だって」
「で、当たった感触はどうだった? 初めて女性の胸に触れたんだから、もっと嬉しそうな顔をしなさいよ」
てっきりまたプロレス技をかけられると思って身構えていたのに、奈々未姉は意外な言葉を口にした。
「へ?」
「『へ?』じゃないわよ。胸に触ったんでしょ。どうだったかって訊いてるのよ」
「いや、どうも何も、触れたのは一瞬だし、大して大きくなかったし……」
白間さんの方が年下だけど、豊満な胸をしていた。それから比べると、奈々未姉の胸なんて小高い丘のようなものだった。
例えるなら、白間さんの胸が富士山で、奈々未姉が高尾山といったところか。そう思うと、僕は自然と笑っていた。そうだ。奈々未姉は知らないだろうけど、世の中奈々未姉以上の胸の人なんて星の数ほどいるのだ。
「なんかムカつくわねえ。あんた誰かの胸を揉んだのね」
「そうだよ。その人の方が奈々未姉より大きかったね」
「あんたまさかおっパブにでも行ったわけ?」
「まさか。僕にだって胸を揉ませてくれる人がいるんだよ」
今日それをお願いして断られたけど、確かに僕は白間さんの胸を揉んだのだ。
「クソガキ!」
奈々未姉はそう吐き捨てると、僕の部屋から出て行った。僕はRPGの主人公のような気分になった。勇者ハシケンは魔物を倒した。チャラララッララー。