05
缶を半分ほど空けたところで、視線を感じた。見ると、はるっぴさんが僕の手元をじっと眺めていた。
「美味しい?」
「ええ、まあ」
「ちょっと飲ませてよ」
言うな否や、僕の手元から缶コーヒーが消えた。
「うーん。やっぱり美味しくないね。こっちの方がいいや」
缶コーヒーを飲んだはるっぴさんは顔をしかめると、僕にさっさと渡してきた。慌てて二百円の方を飲み始める。手元に戻ってきた缶コーヒーを片手に、僕はどうしたものかと
逡巡した。
目の前で間接キスを見せられ、今度は僕が間接キスする番になった。はるっぴさんはそういうことを気にするような人には見えなかったけど、それでもやっぱり女の子の前で間接キスしてもいいものか童貞の僕には分からなかった。
「ん? どうしたの? まさか、また壺が欲しくなったとか」
「それはないです。絶対に」
「じゃあ何? ああ、間接キスを気にしちゃうんだ。可愛い」
「そんなわけないですよ。ただはるっぴさんって、僕より年上なのにお子様みたいだなって思っただけです」
はるっぴさんの言葉にムッとした僕は、見せ付けるように缶コーヒーを空けた。わざとらしく、口元をペロペロ犬のように舐めてやろうかと思ったけど、さすがに自分でもそれは気持ち悪いなと思って自重した。
「お子様に見られるなんて、老けて見られるより数百倍マシだね。ただ、中身はこう見えて数々の修羅場を潜り抜けてきた猛者なのが、またいい味を出してると思わない?」
「はるっぴさんがどんな修羅場を潜ってきたのか分からないから、何とも言えません」
「つまんない子。そんなんじゃモテないよ」
深く言ったつもりではないのは分かっている。言葉のあやと言うか、売り言葉に買い言葉みたいなものだ。それなのに、僕の心は今の一言でグサッと刺さった。
モテないよりも、モテたい。もっといえば、自信が欲しかった。そうだ。僕が欲しいのは幸運を呼び込むことなんかじゃなくて、自信だった。それさえあれば、こんな悶々とした気持ちをいつまでも抱えているわけがないのだ。
「あの、はるっぴさん。つかぬ事をお聞きしますが、どんな風に告白をされたら嬉しいというか、付き合ってもいいかなって思いますか?」
「藪からスティックだね。もしかして私を狙ってたりするの。いやん。私、年上がいいんだけどな。でも年下も意外と面白いかも」
もしかしたら、江籠さんに告白するよりも、はるっぴさんに告白をした方が成功する確率は高いのではないだろうか。その前に、彼女が深く妄想に入り込む前に、現実世界に引き戻さなくてはならないが。
「いや、質問に答えてくださいよ。はるっぴさんはどんな風に告白をされたら嬉しいですか?」
「そうねえ。夜景の見えるレストランで食事をした後、夜景を見ながらドライブをして、海辺で車を停めて潮の風に吹かれながら二人で手を繋ぎながら歩いて、彼がおもむろに『あのさ、俺、ずっと君のことが好きだったんだ』って、言って、私は『うん。私も』って……」
だけど、はるっぴさんは結局妄想の世界から戻っては来なかった。ダメだ、こりゃ。そういわんばかりに僕は溜め息をついた。