03
「子供は元気ねえ」
はしゃぎ回る子供たちの横目に、白間さんはしみじみと言った。白間さんの言う通り、夏の暑さにも負けず子供たちは元気に走り回っている。
「僕たちにもあんな時代があったんですよ」
僕たちの視線の先にいる彼らと自分を重ねる。まだ十年も経っていないはずなのに、それはとても懐かしく思えた。
「あたしは違うわ。ピアノやお琴やお習字をやっているような淑女な子だったわよ」
「嘘だ。絶対嘘に決まってる」
「失礼しちゃうわね。まあ、嘘だけど」
舌をペロッと出す白間さんは、そのままベンチへと腰かけた。
「白間さんはどちらかといえば、あんな感じじゃなかったですか」
僕が指差す方向には、男の子と混じってボールを蹴っている女の子がいた。小麦色に日焼けをした肌。短く切った髪。ショートパンツを穿いていなければ男の子と見間違うような子だった。
「当たらずも遠からずって感じね」
白間さんはフフンと鼻を鳴らすと、僕に横へ座るようベンチを叩いた。
「失礼します」
促されるまま、僕はベンチへ腰かけた。そうすると、横から白間さんが付けている香水の香りが漂った。
「で、ハシケン。その子に告白して勝算は?」
「勝算ですか? うーん。三割、いや二割、いやいや、一割ぐらいですかね」
「なんでだんだん減っていくのよ。もっと自信を持ちなさい、自信を」
「そんなこと言っても……」
塾で一緒になっただけで、ようやく最近まともに会話が出来るようになっていただけだ。そう考えると、僕はなんて無謀なことをしようとしているのかが分かった。
冷静になればなるほど、自分がやろうとしていたことが怖くなる。勝算のない告白をしたところで、江籠さんに嫌われるのが恐怖となって僕を襲う。急に心臓がドキドキとし始めた。
「自分で告白しようと思ってたって言ったくせに。なんでそんな弱気なのよ」
「白間さんが急に勝算を訊くからでしょ。なんか不安になっちゃったんですよ」
「情けないわねえ。男ならもっとデンと構えなさいよ、デンと」
そう言って胸を張ると、白間さんの豊満な胸がさらに強調された。青いYシャツから飛び出してきそうで、僕は以前揉ませてもらったあの感触が蘇った。
たわわな感触。それでいて、揉むと形をふにゃりと変えるそれを思い出すと、顔がカーッと熱くなった。
「あの、一つお願いがあります」
「何? お金ならないわよ」
「違いますって。胸をもう一度揉ませてください」
「は?」
白間さんは一瞬、はにわみたいな顔になった。何言ってんの、コイツ。そう訴えかけているようだけど、僕はそのまま押し込みにかかる。
「だから、胸をもう一度だけ揉ませてください。そうすれば、勇気が出そうなんです。お願いします。一度だけでいいので」
手を合わせ、頭も下げて僕は懇願した。周りに子供たちがいようが関係なかった。
「却下」
「なんで」
顔を上げると、腕組みをした白間さんが目に入った。
「胸を揉んだから勇気が出たなんておかしいにもほどがあるわよ。このエロ猿」
そのままデコピンを額に食らうと、白間さんは「じゃあね」と言って帰ってしまった。僕はベンチに座ったまま途方に暮れた。