16
二人の距離が離れて見える。数歩先のはずなのに。それ以上に遠く感じられてしまう。
と、その時、風が吹いた。雨粒を含んだ、湿った風。矢神の髪をたなびかせ、彼女に寒さを与えた。
「……寒いの?」
「うん。ちょっと」
椎名は上着を脱ぐと、矢神の肩にかけてあげた。シャツを着て来てよかった。椎名は心の中で思った。
「……ありがとう。二回目だね」
「うん?」
「もう。こうやって上着をかけてもらうのがだよ」
椎名は思い出した。矢神と出会ったあの日、コートをかけてあげたことを。ぶかぶかのコート。着ているのではなく、着させられている矢神。椎名は完全に思い出すと、笑ってしまった。
「どうしたの?」
「いや、思い出してね。あの時の久美ちゃんはぶかぶかのコートを着ていたんだもんね」
「そうだよ。それで哲也君が笑って、私が笑うんじゃないって。……懐かしいな。って、まだ何か月か前の話なんだけどね」
「うん。まだ何か月も前の話。でも、“もう”何か月も前の話なんだよね……」
「そうだね。時間が経つのは本当に早いよ。哲也君と出会ってから、なおさら」
二人は回想に浸るように、出会ったあの日を思い出していた。初対面ながら、気を許せた相手同士。いつしか二人は手を繋いでいた。