第八章「誕生日」
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 病室の空気が重たく感じる。会いたくて会いに来たのに。呻吟(しんぎん)しながら働いたというのに。すべてが水泡に帰してしまうのか。
 
「ちょっとお手洗いに行って来るね」
 
「あっ、うん」
 
 矢神はこの空気に耐えかねたのか、病室から出て行く。その足取りは蹌踉(そうろう)としたものであった。椎名は去り行く彼女の背中を見つめることが出来ず、ただ彼女が寝ていたベッドを見ていた。
 
「なにやってんだろ俺」
 
 矢神が出て行って、椎名は忸怩(じくじ)する。いくらストレスが溜まっていたからとはいえ、彼女に八つ当たりをしてしまうなんて。
 彼は両の拳をギュッと握った。が、握力を無くした拳には、力が伝わることはなかった。
  
  
「久美さーん。入りますわよー。いいですよー」
 
 と、その時、独り芝居のように木崎が病室に入って来た。あの時と同じ格好。パジャマを着て、足にはギブス、体を支えるようにして松葉杖をついている。
 
「あれ、哲也さん。来てたんですね」
 
「ん? あ、ああ。ちょうど今さっきね」
 
 木崎は「そうなんですか」というと、ベッド脇にあるパイプ椅子に腰を下ろした。
 
「で、久美さんは?」
 
「トイレに行ったよ。もうすぐで戻って来ると思うけど」
 
「ふーん。……なんかあったようですね」


( 2013/11/22(金) 03:55 )