第八章「誕生日」
05
 木崎の淡い期待は、椎名の言葉によって脆くも崩れた。当然だ。まだ会って間もないとはいえ、彼がそんな冗談を言う人間とは、到底思えない。木崎は眩暈を覚えながらも、倒れまいと松葉杖をグッと掴んだ。
 
「これがどれだけ冗談ならいいことか……」
 
 二人は押し黙ってしまった。人の気配がない静かな廊下は、なおさら静寂に包まれる。木崎はそれを嫌がるかのように一つ咳払いをすると、椎名に尋ねた。
 
「久美さんに会ってもいいですか?」
 
「もちろんいいよ。この部屋だから」
 
 椎名はクルリと振り向き、ノックをする。すぐさま「はーい」という返事が聞こえた。椎名は木崎をチラリと見て、頷いた。木崎もコクンと頷くと、椎名は病室のドアを開けた。
 
「どうしたの哲也君? 忘れ物?」
 
「いや、お客さんを連れて来たんだ」
 
「お客さん? ああっ、ゆりあちゃん。どうしたの」
 
「この間はどうも。私も入院患者ですので。たまたま通りかかったら哲也さんがいて、久美さんも入院をしていると聞いて、会いたくなっちゃって」
 
 松葉杖をつきながら、木崎はベッドに近づく。椎名は微笑みながらドアを閉め、彼女の後を着いて行った。
 
「そうなんだ。まさか一緒の病院とはね」
 
「そうですよね。私たち、運命の糸で繋がっているのかも。あっ、もちろん久美さんの赤い糸は哲也さんですけど」
 
 木崎がおどけた様子で言うと、矢神は「もうー」と言いながらも、満更そうな顔を浮かべた。


( 2013/11/22(金) 03:49 )