01
しとしとと振り続く雨。雨天時の特有の匂いがする。椎名はビニール傘越しに空を見上げた。
厚い雲に覆われた鉛色の空から滴が降り注いでいる。天気予報では、この地域が梅雨入りをしたことを伝えていた。今日も雨。昨日も雨。明日も雨――。梅雨が嫌いなわけではないが、こうも雨が続くと気分が滅入る。それに。椎名はチラリと横を向いた。
数か月前にはあれほど咲き香っていた沈丁花。今はその姿はもうない。春に咲くこの花は、とっくに散ってしまっていた。椎名はその時の矢神の悲しんだ顔を思い出した。
「もうお別れか……」
「しょうがないね」
「うん。“また”来年」
枯れかかった沈丁花の花弁。その一枚を撫ででいた彼女は、おもむろにその花弁を
毟ると、池の波間に放した。ゆらゆらと水面に揺れたその花弁は、やがてどこかへと消え去ってしまった。
未来のことを口にした彼女。果たしてそこまで生きてはくれるのだろうか。余命はまだある。だがあくまで“余命”なのだ。約束のない未来に椎名はただ
縋ることしか出来なかった。
「また来年……か」
椎名は彼女の言葉を
反芻すると、再び歩き出した。先ほどよりも雨が強くなった気がする。急ぐか。
椎名は歩調を早める。約束の時間までまだあるのだが、早い分にはいいだろう。こんな日は彼女に会いたい。椎名ははやる気持ちを抱えながら、彼女の元へと向かって行った。
沈丁花の匂いはもうない。