20
チラリと壁にかけてある時計に目を通す椎名と矢神。木崎の言葉通り、もうじき三時を迎えようかとしている。
「そうなんだ。ねえ、終わったら時間ある?」
「ありますけど……」
「ちょっと一緒にお話ししようよ」
矢神の言葉に驚く椎名。彼女は一体何を言い出すのか。困惑する椎名を尻目に、木崎は「いいんですか?」と嬉しそうに飛び上がり、厨房へと戻って行った。
「ちょっと、どういうつもりなの?」
「どういうつもりって……私はゆりあちゃんが気に入ったから、もう少しお話をしたいだけだよ。ほら、仕事中だとゆっくり話せないじゃん」
正鵠を得ている矢神の言葉だが、椎名は浮かない顔をした。せっかくのデートだというのに。ましてや二人にとって初めてのデートだ。それが“取られた”ような気がしてならない。
「もしかして、嫉妬してるの? 私が哲也君より、ゆりあちゃんを取ったから」
「そ、そんなこと……ちょっとだけあるよ」
否定をしようと思ったが、口から出たのは肯定だった。椎名はハッとしたが、すぐに開き直る。無下に否定をして彼女を悲しませるよりも、本能に従おう。自分の気持ちに素直になろうと決めた。
矢神は目を丸くしたが、すぐにその目はペシャリと潰れた。文字通り、目を細めた彼女は口角が上がり、嬉々とした顔を見せる。この顔を見た椎名は照れながらも、自分のしたことは間違いではなかったのだと、感じた。
「ありがと、哲也君。大丈夫だよ。私は哲也君の彼女だもの」
「そうだね。僕も自信を持たなくちゃな。久美ちゃんの彼氏なんだから」