第六章「初デート」
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「いつ治るのか分からない上、食事制限なんてね。バカみたい。……うん。バカみたいだよね」
 
 自嘲したかと思えば、最後は消え入りそうな声。椎名は身を乗り出し、矢神の頭を強引に撫でる。それは彼女を慰めるためでもあり、もう喋るなというサイン。それに気付いた矢神は「ごめん」と一言謝ると、ナプキンで目元を拭った。
 
「他のケーキも食べてみなよ。全部食べていいんだからさ」
 
「そんなに食べたら太っちゃうよ。……ありがと。哲也君」
 
 矢神は別のケーキを手元まで運び、口を付ける。椎名はそれをただ黙って見ているだけだった。
  
  
「お腹いっぱい。もう入らないー」
 
 膨れたお腹――椎名の目から見れば細すぎるお腹を擦りながら、矢神は背もたれに体を預ける。結局、矢神は七つのケーキを一口か二口、口を付けて食事を終了した。矢神は温くなったアールグレイを飲むと、ホッと掛け声をあげ、姿勢を正す。
 
「ごめんね。こんな風に食べ残しちゃって」
 
「いいよ。そのために“これ”を選んだんだからさ」
 
 椎名はそう言ってマンデリンのカップを指で弾く。爪とカップが当たり、甲高い金属音を立てた。
 マンデリンは酸味が少なく、苦み成分が強いのが特徴だ。そのため、濃密な味のケーキと相性が良いとされている。甘党ではない椎名にとって、マンデリンは強い味方だ。
 
 椎名は最初からこうなることを予想していた。小食な矢神が、七つもケーキを食べ切れるはずがない。残した分は自分が処理しようと考えていたのだ。その予想は見事的中した。椎名は勝ち誇ったかのように笑う。


( 2013/11/22(金) 03:27 )