第六章「初デート」
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「それじゃあ、お言葉に甘えて」
 
 矢神はフォークでケーキの先端を切ると、それを(すく)って口に運ぶ。天にも昇る顔。まさにこの表現がピッタリと当てはまるほど、今の彼女は至極の時を味わっている。
 
「ずいぶんと美味しそうに食べるんだね。ケーキを食べるのは久しぶりなの?」
 
「久しぶりというか、数えるほどしかないよ。食事制限があったもん」
 
 固まる椎名。いくら病院通いが多かったとはいえ、そんなにも食べられないものなのだろうか。これまで大病を患ったことのない椎名にとって、それは正にカルチャーショックとも呼ぶべきものだった。
 
「誕生日の日とかは、どうしていたの?」
 
「食事制限に誕生日も何も関係ないよ。クリスマスも、バレンタインも。全部、毎日毎日ほとんど変わらないメニューなんだ」
 
 自嘲気味に言い放つ矢神。そう考えれば、先ほど食べたナポリタンも久しぶり、それか、初めて食べた物だったのだろう。ぎこちなかったのも頷ける。椎名は一人納得すると、彼女に対して同情心が湧き上がってくる。
 飽食の時代――現代の日本に住んでいるのであれば、食べ物などいくらでもある。有り余るほどの食べ物がありながら、矢神はそれを食べることが出来なかった。まるで彼女だけ時代遅れ。椎名は目を閉じながら、唇を噛み締めた。
 
「……そう、なんだ。今日は食べても大丈夫なの?」
 
「うん、小木ちゃんがいいって言ってくれたし。まあ、小木ちゃんの許可がなくとも食べていたんだけどね」
 
 ハハハと笑う矢神に対して、椎名は更に目を固く閉じた。小木曽は外出許可だけでなく、そんな許可まで取っていてくれたのか。椎名は頭の下がる思いで一杯だ。
 二人の絆。妹を想う姉の愛情は本物だった。椎名は小木曽に心の中で感謝し、また敬服をした。


( 2013/11/22(金) 03:26 )