第六章「初デート」
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 矢神は「うん」と返事をすると、運ばれてきたアールグレイを鼻に近づけた。柑橘系の匂いがする。「いい匂い」と言うと、一口、口に付けた。途端、渋面(じゅうめん)をする。
 
「にっがーい。なにこれ?」
 
「紅茶だよ。苦いのであれば砂糖を入れてみればいいよ」
 
 椎名はテーブル脇にある小さいバスケットからスティックシュガーをいくつか取り出し、矢神に渡す。矢神は興味深そうに手渡されたスティックシュガーを見ていたが、ふと疑問を抱いた。椎名からもらったのには、細いサイズと太いサイズの二種類があったのだ。
 
「どっちが砂糖?」
 
「どっちも砂糖だよ。細い方は普通の砂糖で、太い方がノンシュガーといって、糖類はなくて、ダイエットしたい人はこっちを選ぶかな」
 
「ふーん。じゃあ、こっちだね」
 
 矢神はそう言って太いサイズの方を選んだ。封を切り、勢いよくアールグレイに投入すると、スプーンでかき回す。
 
「別にそっちじゃなくてもいいんじゃない? 久美ちゃんは痩せてるっていうか、痩せすぎなぐらいだし」
 
「いいの。さっき食べ過ぎたから」
 
「食べ過ぎたって。僕はどうなるの?」
 
「哲也君は男の子だからいいの。それよりも『僕』は禁止」
 
 そんなものか、と椎名は思った。洋服の上からでも矢神が細いのは分かったが、彼女も年頃の女性なのだ。病気をしていようが、いまいが、関係ない。それを改めて椎名は感じた。


( 2013/11/22(金) 03:25 )