09
椎名は頭をかく。興味津々な木崎、現状を理解していない矢神。彼女ぐらい鈍感なのであれば、どれほどいいか。椎名は目の前に、首を傾げながら微笑む彼女を見て苦笑いでごまかす。
「なんでもないよ。早く食べようよ」
気にしたところでしょうがない。彼は腹を括り、ナポリタンを食べ始めた。矢神はその様子を不審がっていたが、お腹がぐーっと鳴り、空腹を思い出したかのように食べ始める。木崎もいつの間にか姿を消し、先ほどまでの空気に戻ったようだ。
「お腹いっぱい」
「もう? まだだいぶ残ってるね」
矢神は三分の一ほど食べ進めたところで、満腹を告げた。女性とはいえ、小食過ぎるのではないか。椎名は尋ねることにした。
「もしかして、不味かった?」
「ううん。そんなことないよ。ただもうお腹がいっぱいなだけで」
手を振りながら慌てて弁解する矢神。椎名は彼女の言葉を信じることにした。「そう」とだけ言うと、矢神の食べ残したナポリタンと、自分の空になった皿を交換する。
「何をするの?」
「食べるんだけど」
「いいよ、そんな。残飯を処分するみたいだから」
「まだ残飯じゃないよ。それに久美ちゃんの残したものなら大丈夫」
椎名は矢神の残したナポリタンを黙々と食べ始める。時間が経ち、冷めてしまったが、不思議と不味くないのがどこか新鮮だった。