第六章「初デート」
08
 熱いボールが口の中で()ぜる。椎名は吐き出しそうになるのをなんとか堪え、よく噛み、嚥下(えんげ)する。熱さのせいか、それとも矢神に食べさせてもらったからなのか、いつもよりも数段美味しく感じた。
 
「美味しい?」
 
「うん。美味しかった。いつもよりもね」
 
「よかった。ほい」
 
 矢神は口をパカッと開ける。その頬は薄紅色に紅潮している。
 恥ずかしいのならやらなければいいのに――椎名は心の中でそう思いながらも、笑みを浮かべ自分のフォークに麺を巻く。クルクルとフォークを器用に回せば、彼女が作ったものよりも一回り以上小さい塊が出来た。それを矢神の口元に持って行く。
 
「うん。さっきよりも美味しくなった」
 
「それはよかったね。さ、冷めないうちに食べよう」
 
 やる前はさほど恥ずかしさは感じなかった。椎名は、以前付き合っていた彼女にも同じことをやった。だがどうしてだろうか。今日はやけに恥ずかしく感じてしまうのは。
 それを矢神にばれてしまうのが嫌で、彼は早口で言うと、辺りを見渡す。店内に他のお客はいないようだ。安堵をした瞬間、椎名の目は先ほどのウエイトレス――木崎を捉えた。
 
 木崎はお盆で顔半分を覆っている。お盆で隠れていない目は、興味津々といった様子で、二人の成り行きを見守っていた。ただでさえクリクリとした目は、輝き、まるで小さい子供がオモチャを見つけたかのようだ。
 やってしまった――悪いことをしているわけではないが、椎名は見られたことに対して後悔する。
 
「ねえ、どうしたの?」
 
 状況を全く理解していない矢神は首を傾げていた。


( 2013/11/22(金) 03:23 )