06
「二週間前からです」
「ふーん。まだ入ったばかりなんだ。ねえ、名前は?」
「木崎ゆりあです」
「木崎ゆりあ……変わった名前ね。分かったわ」
矢神の有無を言わさぬ雰囲気から解放された木崎は「ごゆっくりどうぞ」と言い残し、足早に厨房へと戻って行った。矢神は、髪を鬱陶しそうにかき上げる。
椎名は苦笑いを浮かべていたが、最悪の展開を回避し、ホッと胸を撫で下ろした。せっかくの初デートで面倒なことが起こるのだけは、避けたかったからだ。
「さあ、冷めないうちに食べよう」
「そうね。なんか私、変だったね。ごめんね」
「いいよ。それよりも早く食べよう。ほら」
椎名はそう言ってフォークとスプーンを矢神に手渡す。矢神はお礼を言って受け取ると、満面の笑みを浮かべた。
「美味しそう。いただきます」
「召し上がれ」
たどたどしくフォークとスプーンを使い、食べ始める矢神を椎名は微笑みを浮かべたまま見ている。彼女の食べ方がどこかぎこちないのは、食べ慣れていないせいであろう。病院食にこのようなメニューが出てくることは、おそらくないはずだ。椎名は心の中で彼女のことを改めてかわいそうだと思った。
「そんなに食べているところを見られると恥ずかしいよ。ねえ、哲也君は食べないの?」