第五章「過去」
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――小木曽視点――
 
 久美ちゃんと和解してからの私は、まるで憑き物が取れたかのように軽くなった。彼女が勉強でどんな間違え方をしようが、怒ることはなく、根気強く教えることが出来たのだ。まあ、教えても久美ちゃんの地頭は悪く、大して成績は上がらなかったのだが……。
 
「なんか小木曽さんと久美ちゃんって、姉妹みたいだね」
 
 ある日、婦長から言われたこの一言。いつの間にか、私たちの距離は縮まっていたようだ。それに喜んでいいのか、それとも看護師という立場上、気を付けた方がいいのか悩んでいたら
 
「いいことよ。患者さんとの距離が縮まるということは」
 
 と、言ってくれ、自身を持つと共に、やる気も更に漲った。だけど、婦長はもう一言付け加えた。「……辛いこともあるけど、頑張りなさいね」と――。
 私はこの言葉の意味を深く理解していなかった。まあ、そんなものだろう程度にしか考えていなかったのだ。そんな考えが甘いと知ったのは、久美ちゃんの余命が宣告されてのこと。
 
「そんな……」
 
「小木曽さん。辛いだろうけど、あなたが悲しんでいると、久美ちゃんまで悲しむわよ。気を確かに」
 
 婦長はこんなような言葉を言ったかと記憶しているが、正直言って、定かではない。その部分の記憶だけ、曖昧なのだ。ショックが大きすぎたのが原因だと思われる。
 本来であれば、宣告を受け入れられないのは患者さん自身であるのにも関わらず、一番受け入れていないのは、私だった。どうしてあの子なの?――看護師としてだけでなく、人として最低なのかもしれないが、そう思えてならなかった。
 
 そんな私をよそに、久美ちゃんはとても穏やかな顔をしていた。


( 2013/11/17(日) 02:14 )