第五章「過去」
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「泣き虫だよね、私って」
 
「うん? そんなことはないと思うけど」
 
「哲也君と出会ってから、こうなっちゃったみたいだね。責任とってよね」
 
 うっすらと目を充血させながら矢神は言う。憑き物が取れたかのように、その顔はスッキリとしている。涙はどうやら、それまで彼女が背負っていた負の感情をも流してくれたようだ。椎名は安堵の表情を浮かべながら「うん」と返事をする。
 
「やったね。あーあ、初デート楽しみだな」
 
「どこに行きたい? 矢神さんの好きなところでいいよ」
 
「あんまり遠出は出来ないし……あっ! 前に言ってたケーキ屋さんに行ってみたい」
 
 前回訪問した際、椎名が言ったケーキ屋。矢神はそれを覚えており、そこをリクエストしてきた。
 
「いいよ。他にはないの?」
 
「あるんだけど、ない。私……ぜんぜん遊ぶ場所とか知らないし」
 
 あるのだけれど、ない――矢神にとって、行きたい場所は多々ある。だが、彼女は行き方を知らなければ、どういった場所なのかも分からない。漠然としているのだ。
 
「そっか。……そうだよね。ごめん」
 
「私ったらまた……。こんなことばかり言ってたら、嫌われちゃうね」
 
「そんなことはないよ! 僕が矢神さんを嫌うわけないよ」
 
 椎名は必死で矢神を説得する。彼女はまだ脆いようだ。


( 2013/11/17(日) 02:11 )