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――小木曽視点――
右手に伝わる確かな手応え。ストレスが一気に吹き飛ぶ――そんなわけがあるはずもなく、一気に焦りが生まれる。「しまった」と思っていると、彼女の目に涙が。背中に氷が乗せられたかのように、ひんやりとした感覚に陥った。
「ご、ごめんね。痛くなかった?」
ビンタをしておいて痛くなかったはずがなかろう。痛いからこそ泣いているのだと、頭の中では分かっているのだが、口がまるで言うことを利いてくれない。
久美ちゃんは左頬を撫でながらただ涙を流すだけ。私はこの瞬間「終わった」と思った。彼女をビンタしてしまった私は、おそらく首だろう。新人だろうが関係ない。大事な患者さんに手を出してしまったのだから。
「ごめん……」
許されるはずもない言葉を口にすることしか出来ない。頭の中はこの後のことで一杯だ。たくさんの人に怒られ、首を言い渡される。大学まで出していただいた両親。看護師の夢が叶い、誰よりも喜んでくれた二人の顔が思い浮かぶ。一時の過ちとはいえ、とんでもないことをしてしまった。申し訳ない気持ちが込み上げて来て、私も泣いてしまった。
「……泣かないで、小木曽さん。悪いのは私なんだから」
「ううん。久美ちゃんが悪いんじゃないの。私が悪いのよ」
「出来の悪い私が悪いの」
「違うの! 久美ちゃんはぜんぜん悪くないんだから……」
健気な子――陰気くさいと思っていたこの子。だけど、それが間違いだとようやく気付くことが出来た。その瞬間、ストレスがスーッと消えてなくなった。私たちは互いを抱きしめ合いながら泣き続けた。