第五章「過去」
06
――小木曽視点――
 
 久美ちゃんの病室を後にし、廊下を歩く。昼食後の喧騒も落ち着きを取り戻し、ゆったりとした時間が流れている。患者さんたちは久美ちゃんのように面会者と会ったり、昼寝をしたり、廊下や外を散歩していたり、おもいおもいの時間を過ごす。一人一人状況が違う中を生きているのだ。
 
 看護師としての私はどうだろうか? 看護師になってから早三年が過ぎようとしている今、毎日自問するようになっている。スキルだけではなく、患者さんに寄り添うことが出来ているのか。少しでも支えになってあげられているのだろうか。
 
 ――分からない。自分自身のことは色眼鏡が見てしまい、分からないのだ。いや、もしかしたら、看護師失格かもしれない。久美ちゃんが夜な夜な抜け出していることは黙認しているし、これからやろうとしていることも、看護師としてどうだろうか。もしかしたら首になってしまうかもしれない。
 
 
 だが、いいのだ。久美ちゃんが喜んでくれるのであれば――。

私は特定の患者さんと、一線を越えてしまった。もう今さら後戻りは出来ないし、したくもない。
 彼女を初めて任された時のことを思い出す。三年前――私が大学を卒業し、看護師として初めての職場がここで、担当する患者さんが久美ちゃんだったことを。
 
 久美ちゃんは十五歳。私と約一回り離れた年齢をしていた。今みたいに明るくはなく、どこか寂しそうで陰気くさかった。今思えば、それは当然なことだったかもしれない。だが、当時の私は「なにこの子? こんな陰気くさい子の担当をしなきゃいけないの?」と、どこか嫌悪感を抱いていた。
 
 最低だよね。私って……。小さい頃から病院通いだった久美ちゃんの気持ちも知らずに、陰気くさいなんて思ったりして。
 初めての患者さん――若いこの患者さんと、私の二人三脚が始まった。


( 2013/11/17(日) 02:07 )