第四章「看護師」
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――椎名視点――
 
 すっかり遅くなってしまった。
 同級生たちと別れ、自宅に着く頃には時計の針は一時をとうに過ぎていた。寝ている家族に迷惑だから、風呂はまた朝になったら入ろう。とりあえず部屋着に着替えると、ベッドに横たわる。
 
 真っ暗な室内。そこで彼女のことを考える。付き合ったはいいが、デートにすら行けない。いや、許可を取れば散歩ぐらいなら出来るか。僕はそう考えると、自嘲する。普通のカップルたちがしていることを、僕たちはいちいち許可を取り、行わなくてはいけないのか。おまけに行ける場所も限られている。覚悟していたはずなのに、気持ちが揺らぐのは僕が弱いせいなのか。
 
 同級生のみんなにはつい彼女が出来たことを喋ってしまった。今更になって後悔する。どうやら人生で二度目の彼女が出来たことで、舞い上がっていたのかもしれない。おかげでえらい目に遭った。
 
 胸がギリリと痛む。血の出ない痛み――いっそのこと血が出てくれれば。体中から血が溢れ続けたのなら。彼女と一緒に入院することが出来たのであれば、悩むことはないのに……。
 
 
――悩むことはない?
 
 そんなことはない。ありえない。自分の考えを否定する。人は皆、欲を持っている。仮にその内の一つが満たされたとしても、次の欲を満たしたいと思うだろう。結局、僕が入院をしても『矢神さんと一緒に退院をしたい。遠くに、好き勝手デートしたい』と思うはずだ。バカな考えをしてしまったものだ。僕はフンと鼻で笑う。
 
 尽きることのない欲――栄耀栄華(えいようえいが)を極めたとしても満たされぬ強欲を考えるよりも、自分が今出来ること、彼女にしてあげられることを考えよう。
 
 僕は目を閉じ、矢神さんの喜ぶ顔を想像した。


■筆者メッセージ
以上で第四章は終了となります。
( 2013/12/01(日) 16:53 )