第四章「看護師」
01
 昨日の雨が嘘だったかのように、今日は快晴だ。暖かい日差しを受けながら椎名は歩いている。車のボンネットの上に、我が物顔で乗る猫に微笑みを浮かべながら、椎名は目的地まで歩いていく。
 
「ここか」
 
 矢神がいる病院までたどり着いた。県内でも有数の病院。きっと医者も名医が揃っていることだろう。その人たちをもってしても、彼女の病気は治せないとは……。椎名はそんなネガティブな考えを振る払うかのように首を振り、病室まで歩き出す。
 
「あった。なんか緊張するな」
 
 613号室のドアの前まで来た椎名は深呼吸をする。道中、彼はいきなり訪ねに来た自分を見て矢神はどう驚くか、わくわくしながら想像していた。だが、いざ部屋の前まで来ると、そんな想像は吹き飛び、緊張感が押し寄せて来たのだ。椎名は小声で「よし」と言うと、ノックをする。
 
「はーい。どうぞー」
 
 やや“間”があって矢神の声が聞こえた。椎名は「失礼します」と言って、入室をする。
 
「あれ? 哲也君じゃん。どうしたの?」
 
「いや、近くまで来たからちょっとね……」
 
 彼は嘘をついた。つきたくてついたわけではない。矢神に会いたくて来たわけだが、それを素直に伝えることが急に照れくさくなってしまったのだ。自分の口から出た言葉に、椎名は苦笑いをする。こんなことを言いたいわけではないのにと。
 
「そうなんだ。わざわざありがとね」
 
 だが、そんな椎名の失態など知る由もない矢神は、笑顔で彼を迎え入れた。椎名は安堵の表情を浮かべる。


( 2013/11/17(日) 01:49 )