13
「違うよ。僕が言いたいのはそんなことじゃないって」
「ううん。哲也君は優しいから。そんな哲也君を騙(だま)してた私が悪いの」
どうして彼女に伝わらないのだろう――椎名は、手を伸ばせば掴めるほどの位置にいるはずの矢神が遠く感じている。華奢の両肩をガッチリと掴むことができたのなら。力を入れたら折れてしまいそうなその体を抱きしめることができたのなら……。
「矢神さん。そんなこと言わないでよ」
まるで子供じみたことを言っている自身を情けなく思う反面、何としても彼女を慰めたい、その考えを捨てさせたいと、椎名の心は激しく揺れ動いている。
「そんなこと言ったら悲しいよ……」
涙を必死に堪える椎名。ここで男が泣いたらダメだと、我慢をする。だが、声は正直なようで、少しばかり涙声になってしまう。それを矢神は見逃さなかった。微笑みを浮かべたまま、椎名にゆっくりと近づいて行く。
「本当に優しいんだね。ヨシヨシ」
矢神は精一杯背伸びをし、椎名の頭を撫でる。冷たいが柔らかな感触が、頭越しから伝わってくる。椎名はそれを振り払うことなく、受け入れ続けた。たとえ子供だと言われても構わない――椎名の瞳から涙がこぼれた。
「泣かないでよ、もう。男の子でしょ」
「ごめん」
「そんな泣き虫だとは思わなかった。でも……ありがとう。あなたに会えて良かったよ」
矢神はそう言うと、走り去ってしまう。椎名は追いかけようか、一瞬迷ったが、追うことを止めた。自分なんかが追いかけても――椎名はその場に立ち尽くし、自分を卑下し続けた。