第二章「秘密」
08
 矢神は押し黙っている。愁いを帯びた瞳をしながら。コロコロと変わる矢神の表情。それに椎名は振り回されっぱなしだったが、今夜の彼は違う。彼女のことを知ろうとする決意が、一歩踏み込む勇気を与えたのだろう。
 
「……ちょっと歩こっか」
 
 一拍置いてから話し出したかと思えば、椎名の返事を待たずして一人歩き出す矢神。椎名は慌ててその後を追う。華奢な背中の彼女。椎名はその背から哀愁を漂わせているのを感じる。
 哀しみを背負った背中――自分と同い年の彼女がどうしてこんなにも哀愁を漂わせているのか。その秘密を知りたいと思う反面、知ることに恐怖心を感じた椎名。だが、彼は彼女の後を追う。どんなものでも受け入れよう――そう決意しながら……。
 
「沈丁花ってさ」
 
「うん?」
 
 歩き始めて数分。それまで黙っていた矢神が口を開く。視線は前方に向けたまま。金魚の糞のようについて回っていた椎名は足を速め、彼女の横に並ぶ。
 
「人気ないよね」
 
「そう? ユーミンの曲に使われてなかったっけ?」
 
「それは曲でしょ。おまけに一人だけじゃん」
 
 ケラケラと笑う矢神。ようやく笑ってくれたことに対して、椎名はホッと安堵の表情を浮かべる。重苦しい雰囲気が、彼の一言により、ずいぶんと緩和したようだ。
 
「みんな桜ばっかり……。着いたよ」
 
「え? ここって……」
 
 矢神は立ち止まり、ある建物を指さした。


( 2013/11/17(日) 01:19 )