第二章「秘密」
07
「ねえ、矢神さん。矢神さんって何者なの?」
 
「私? 私は私だよ」
 
 不躾(ぶしつけ)な質問かもしれない。意味が分からぬ質問かもしれない。椎名は心の中でそう思いながらも、矢神にぶつけてみる。案の定、彼女から返って来た返事は、椎名が望むものではなかった。
 矢神は微笑みを浮かべながら、沈丁花を見ている。それはまるで自分の子供を見ているかのよう。彼女はこの花に母性を感じているのだ。我が子のように。花弁を慈しむように撫でている。
 
「そうだね。矢神さんは矢神さんだ」
 
「そうだよ。哲也君ってば、変なの」
 
 ようやく椎名の方を向く矢神。その瞳がうっすらと濡れているのに、椎名は気が付いた。まるで掴めぬ彼女。だが、少しずつではあるが、その片鱗(へんりん)を見せているような気がする。薄皮を剥がした先に待っているものは何か。椎名はもう一歩踏み込もうとする。
 
「沈丁花が好きな矢神さん。猫みたいに飄々(ひょうひょう)とした矢神さん。人の質問には、なかなかまともに答えてくれない矢神さん。みんな、みんな矢神さんなんだね」
 
 彼女を――矢神久美を丸裸にしたい。椎名の欲求はもう誰にも止められないのだ。たとえ、彼女に嫌われたとしてもいい。彼は腹を(くく)ったのだ。
 
「……何言ってんのよ。そんなの当たり前じゃない」
 
 そんな椎名のことを知ってか知らず、ケラケラと笑う矢神。だが、その笑顔はやはり影を帯びている。椎名はふうと息を吐き出すと、彼女の目を真っ直ぐに見る。
 
「教えてよ。矢神さんのこと。全部、全部知りたいんだ」


( 2013/11/17(日) 01:18 )