第一章「沈丁花」
04
 そんなにスマホが珍しいのだろうか? 「へー。へー」と感嘆な声を上げながら、子供がオモチャで遊ぶかのように、キラキラとした顔でスマホを(いじ)っている彼女を見ながら椎名は思った。このご時世さほどもの珍しいものではないのだが、矢神は飽きる様子などまったく見せないでいる。
 
「矢神さんは、スマホは持ってないのですか?」
 
「持ってないよ」
 
 視線はスマホに向けながら矢神は答える。別に見られて困るものはないのだが、人に見られるのはいい気持ちがしない。まして初対面だ。そろそろ返してほしいところだが、彼女のキラキラした顔を見ていると、つい言うのを躊躇(ためら)っている。
 
「もっといえば、携帯自体持ってないんだ」
 
「そうなんですか?」
 
 今や誰でも持つ時代になった携帯電話を持っていないとは。今年、喜寿を迎えた祖母ですら持っているというのに……。自分とさして変わらぬ歳であろう彼女が持っていないことに、椎名は軽いカルチャーショックを覚える。
 
「持っててもしょうがないからね……。はい」
 
 声が一段と暗くなったのを椎名は見逃さなかった。だが、初対面の人にそこまで踏み込んで聞いていいものかと逡巡(しゅんじゅん)してしまう。そう思っているとスマホが返ってきた。ふと画面を見ればメール画面になっている。
 
「だから私とメールのやり取りとか、電話のやり取りは残念ながらできないよ。せっかく女の子とメールできるチャンスだったけどね」
 
 間違いなく矢神は自分のメールを見た。男友達しかメールのやり取りはしていない椎名は恥ずかしさに加え、勝手に人のプライバシーを侵害されたことに怒りを覚える。


( 2013/11/17(日) 00:47 )