第一章「沈丁花」
03
「変わった苗字ですね。どう書くんですか?」
 
「えっとね。弓矢の『矢』に、神様の『神』に、久しぶりの『久』に、美しいの『美』だよ」
 
 ご丁寧に一文字ずつ教えてくれる彼女。なるほど、そう書くのか。椎名は心の中で納得をする。変わった苗字ということもあるが、『美しい』という文字が入っているところからすると、名は体を表すといった表現は正しいものだと実感をした。矢神という女性は美しさもあるが、同時にミステリアスなように椎名の目には映るのだ。
 
「そうですか。ところで矢神さんは一人ですか?」
 
「うん。そうだよ」
 
 こんな時間に一人きりとは。正確な時間を知るためにポケットからスマホを取り出す。そこには、ちょうど二十二時と表示されていた。もうこんな時間かと驚く反面、まだ終電までにはだいぶ余裕があるという安堵感も覚える。
 
「こんな時間に一人きりなんて危ないですよ」
 
「女の子だからって心配してくれるんだね。やっさしー」
 
 彼女は自分の言った意味を本当に理解しているのだろうか? 椎名はそれを伝えるかのように顔を二度横に振る。ついでに右手もパタパタと振る。これでいいだろう。椎名は再び矢神の方に向き直す。
 
「照れちゃってもう。私なら大丈夫だよ。ところでそのスマホってどこの? ちょっと見せてよ」
 
 椎名が返事をする前にスマホを取り上げる矢神。興味深げに指を動かすも、ロックを解除しなければメイン画面にたどり着けない。矢神は頬を膨らませながら抗議の目を向ける。
 
 矢神からスマホを取り返すと、椎名はササッとロックを外す。「はい」と言いながら彼女に渡すと、キラキラした顔で矢神は受け取った。
 

( 2013/11/17(日) 00:45 )