02
「いい匂いだよね。沈丁花って」
女性と思しき人間が近づいて来る。徐々に影が消え、その全貌が明らかになっていく。
――美しい。椎名は単純に彼女を見てそう感じた。長く伸びた漆黒の髪、意志の強さが窺える力強い瞳、形のいい鼻に、ポテっとした唇。まるで造形のようだ。中でも目を引くのが、彼女の目。猫目のように切れ長く、釣り上がったその目は見る者が吸い込まれてしまうそうだ。
「そうですね。初めてここに来ましたが、こんなにも咲いていたのですね」
「初めて?」
椎名はこの道を通るのは初めてだった。高校の卒業式を終え、同級生たちと打ち上げに参加していた椎名は終了後、帰宅するためにたまたまこの道を選んだのだ。通ったことのない道だが、なんとか駅ぐらいまでならたどり着けるだろうと思っていた。
卒業式という特別な行事後ということもあり、どこか穏やかで、どこかセンチメンタルな気分だった椎名。多少遠回りをしようが構わないと思っていた。どうせ明日から学校はない。心の余裕は彼女との出会いをもたらしたようだ。
「ふーん。そうなんだ」
「ところであなたは?」
私? といわんばかりに自分のことを指さす彼女。他に誰がいるか。彼女のおかしな反応を見て椎名はクスリと笑う。
「ちょっと、笑わないでよ。もう。私の名前は久美。矢神久美だよ」
「やがみさん?」
変わった苗字だ。やがみ? 一体どういう字を書くのだろうか。歳は自分とさして変わらないように見えるのだが、なぜ僕だけ敬語を使うのか。椎名は疑問ばかり覚えた。