第一章「沈丁花」
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 夜道を二人きりで歩く。新月の柔らかな光を受け、二人の影ができている。椎名は矢神の歩く速度に合わせ、ゆっくりと歩く。矢神はそれに気付いたようで、ニッコリと微笑む。
 
「やっぱり女の子慣れしてるね」
 
「なんで?」
 
「歩くスピード。合わせてくれてるんでしょ?」
 
 気付いていたのかと驚く椎名。それを見てクスリと笑う矢神。(はた)から見れば二人はカップルに見えるだろう。お似合いの二人。だが、二人はまだ出会ったばかりなのだ。その証拠に、二人の距離は近いものの、手は繋いでいない。いくら両者ともに好意を抱き合っていたとしても、越えられぬ一線なのだ。
 
「矢神さんは本当に彼氏とかいないの?」
 
 椎名は思い切ってもう一度聞いてみた。先ほどは話を逸らされたのだが、ずっと聞こうかどうか悩んでいた。彼はこの流れに身を任せ、思い切って聞いてみたのだ。椎名の心臓はドクドクと高鳴る。今ならまだ間に合う。矢神に彼氏がいたとしたら、諦めもつく。そんな考えを抱きながら……。
 
「……いないよ」
 
 ようやく自分の質問にちゃんと答えてくれた喜びと、彼氏がいなかったことに対する喜びとで、椎名は二重の喜びを噛み締めた。ガッツポーズをしたいのをグッと堪える。代わりに、心の中で万歳をした。
 
「ついでに言えば、彼氏はいたことがないし、友達もいないんだ。いるのは両親だけ」
 
 自嘲気味に言い放つ矢神。口角こそ上げてはいるが、眉宇は下げている。椎名は先ほどまでの歓喜が一気に吹き飛んだ。まずいことを聞いてしまったのかと、後悔の念も押し寄せてきた。


( 2013/11/17(日) 00:55 )