第一章「沈丁花」
10
――椎名視点――
 
 長いようで短かった高校が終わった。終わったといっても、さほど悲しみはない。それは僕の学校が中・高・大とエスカレーター式だから。何人かの同級生は、違う大学や専門学校に進学するし、中には就職をする人もいる。だが、大半は同じ大学へと進む。別れを惜しむというよりは、一段落したことに対する安堵感の方が強い。
 
 ファミリーレストランで最後の締めをし、同級生たちと別れた。彼らは朝までカラオケをするらしい。僕にはそんな体力もないし、お金もない。残念な気持ちもあったが、丁重にお断りし、家路を目指した。
 
 どうせなら今まで通ったことのない道で帰ってみよう――ふと思ったことを実行に移す。確か初めて通る道というのは脳にいい影響を及ぼすとかなんとか聞いたことがある。だから毎朝の出勤、通学は別の道を通った方がいいとのこと。

 それはどうやら正しいようだ。実際に脳に問いただしてないから確定ではないが、僕の脳は見知らぬ道で影響を与えているはずなのだ。その証拠にほら、匂いに敏感になった。いつもならただ黙って通り過ぎていたところだろう。それが今、その匂いの正体を突き止めようとしている。
 
 
「沈丁花だよ」
 
 その言葉を聞いた瞬間から貴女を意識し始めた。貴女は猫のように気ままで、自由で。掴み所のないところに惹かれていくのを感じた。僕とて一目惚れの経験はある。だが、ここまで強烈なものは初めてだ。雲のように泰然自若に僕を振り回す貴女。
 
 貴女と話していると時間が経つのが早く感じてしまう。帰りたくない――小さい子供のようだが、僕はそう思って止まない。僕は切に願う。時間が止まればいいのに……と。


■筆者メッセージ
基本は三人称ですが、時折こういった一人称に切り替わります。
( 2013/11/17(日) 00:54 )