04
目的地まで着くと、沈丁花の花が咲き香っていた。淡紅色の花弁を広げ、芳醇な香りを広げている。
「いい香り」
久美ちゃんはうっとりとした。眠るように目を閉じている。
「ここがいつも、久美ちゃんが抜け出していた場所」
「きれーい」
小木曽さんと木崎さんは口々に言うと、辺りを見渡していた。
「……久美ちゃん? ねえ、どうしたの。具合でも悪いの」
最初に異変に気付いたのは小木曽さんだった。彼女はすぐに久美ちゃんの元へ駆け寄った。小木曽さんの声を聞き、僕と木崎さんも慌てて向かった。
久美ちゃんの呼吸が荒い。小木曽さんはすぐに脈拍を計った。
「帰りましょう。すぐに戻れば大丈夫」
「い、いや……。ここにいさせて……」
「久美ちゃん!」
危険だと感じた小木曽さんは、すぐに病院まで連れ戻そうとした。が、久美ちゃんはそれを拒否した。
「久美ちゃん……お願いだから……」
「ごめんね、小木ちゃん……。最後のわがままだから……」
僕たちはその一言で、何も言えなくなってしまった。誰の目から見ても、もう彼女は長くない。それが分かっているだけに、僕たちは何も言えなかったのだ。
「ゆりあちゃん……」
「は、はい。なんですか」
突然名前を呼ばれた木崎さんは、今にも泣きそうな顔で久美ちゃんを見つめている。
「私のお友達になってくれてありがとう……。ゆりあちゃんが初めてのお友達だったんだ……」
「久美さん……」
木崎さんの涙腺が崩壊した。溢れ出た涙は春の風に吹かれる。
「小木ちゃん……」
名前を呼ばれた小木曽さんだが、返事がない。見ると、涙をグッと堪えているようだ。
「わがままでごめんなさい……。今まで本当にありがとう……」
「く、久美ちゃん……」
耐えきれなくなった涙は、止めどなく溢れ落ちていった。
「哲也君……」
「久美ちゃん」
「……哲也君に出会えて本当によかった……。ありがとう……」
「僕も久美ちゃんに出会えて本当によかったよ……」
「もう……。“俺”でしょ……」
そう言ってほんの少しだけ笑って見せる久美ちゃん。僕はたまらず、車椅子に座る彼女を抱きしめた。
「みんな大好きだよ……」
「久美ちゃん? ねえ、久美ちゃんってば」
久美ちゃんは眠るようにして十八年と九か月の生涯を閉じた。
僕たちは久美ちゃんを囲み、いつまでも泣き続けた――。